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高校の同級生が、財布を忘れたと言って千葉まで帰る電車賃を貸してくれと言ってきた。

千円と少しの電車賃だったので、2千円渡したと思う。2度目の時も同じようなことを言ってきた。見え見えの嘘と分かった。笑って断ったら二度と来なくなった。

市役所で一緒だった男がサラ金に手を出して、追われていると言ってきた。そのころはサラ金の恐ろしさが世間の話題になっている頃だった。あの頃の仲間5人で相談した。自己責任という大勢で、このことで仲間の輪は崩れた。私は命を助ける気持ちで、具体的な金額は忘れたが全部払った。その後、私より6歳若い彼は、部屋で酔いつぶれ、開け放たれた冷蔵庫の前で凍死した。奥さんと子どもが居た。10人に満たない参列者の葬儀を私の導師でやった。

同じ市役所で知り合って、お互いに退職してからも親しくしていた別の人は、亡くなった奥さんの法事を、友人を呼んでしたいのでその費用を出してくれと言ってきた。友人をもてなすのだったら、友人たちもいくらか包んでくるだろうと話した。彼の友人たちはそうしないと言う。そんな友人だったらもてなさなくてもいいと話した。その呼ばれる友人たちの中に私は入っていなかった。彼の息子さんの話で、その話は嘘だと分かった。息子さんの話では、彼は5万あると8万使ってしまう、10万あると10万以上使ってしまう性格だそうだ。そのことを知らなかった頃は生活保護受給者の彼にちょこちょこ渡していた。しかし、息子さんの「父にはお金を渡さないでください。生活破綻者なのです」との言葉で止めた。付き合いそのものも止めた。

いくらであっても貸したお金は戻ってこない。経験から分かる。

逆に言うと、お金は貸さない。どうしてもという場合はあげるつもりで渡す。

貸しても、あげても、相手は去っていく。これも経験上、確かなことだ。

受けた、もらった人間のプライドもあり、人間としての羞恥もあるのだろう。

下村湖人曰く「完全な行為というものはめったにあるものではない。人を不幸から救った場合ですら、その人の自主性や自尊心を傷つけなかったとはかならずしもいえないのだから」