柴又帝釈天で昼食後、上野寛永寺に向かった。昼食の時、ビールを少し飲んだので眠くなりバスの中で寝てしまった。途中で目を覚ましたら浅草の浅草寺だった。しばらくして、上野に着いた。国立博物館等々様々な公的施設を通過して東叡山 寛永寺 に入った。
住職導師で般若心経一巻読誦。このクラスのお寺になると、団参できたお寺の住職を前に出させて拝ませてくれないのかな、と思いつつ皆さんと一緒に配られた心経の冊子で読誦した。天台宗は「魔訶般若心経」のタイトルで真言宗のように「仏説」がついてない。
そのあと寛永寺の謂れについて、若い住職が1時間近く事細かに説明された。
激動の時代に徳川慶喜公が2ヶ月ほど過ごした「葵の間」を拝見して、外にでた。一般のお墓を見つつ徳川家五代綱吉公他の霊廟に向かった。十三代家定公、その隣には十三代正室天璋院篤子の霊廟。目の前にはいかなかったが、離れたところにTV時代劇暴れん坊将軍で有名な八代 吉宗公の霊廟。徳川将軍全部の霊廟があるのではなく、浄土宗、芝の増上寺にも霊廟があるそうだ。
そこから、一路、光明院に向かった。渋滞もなく予定よりも早く5時前に到着。
天候にも恵まれ、事故もなく、皆さん悦んでいただけたようで、よかった。