当山の施餓鬼会がやっと⁉ いや、もう⁉ 終わった。
4月末頃から書き始めた施餓鬼卒塔婆も1日20基を書くと自らに課して書いてきた。途中、葬儀が有ったり、教誨師会の会合があったりで、自らが課したノルマが果たせない日もあった。それでもなんとか20日位には達成。前日に、(申し込みを)忘れていましたと言って来られる方もいらした。それでも当日には準備ができた。
今年は、初めて法話の講師を呼ばなかった。どなたに頼んでいいかわからなく、迷っているうちに3月の「光明院通信」春彼岸号に間に合わなくなった。どなたに頼んでいいかわからなかったのも一つの理由だが、どこかで潜在的に「私が話したい!」という気持ちがあったのだろうな。
法話のことについては、卒塔婆書きを主にして他の準備があり、準備不足は否めない内容になってしまった。
普段思っていることをただただ話した。
総代の有る方にお聞きした。「私の話はどうでした?」「いい話でした」
本人がどうでしたか?と訊けば、貶す人はいるわけないでしょうけどね。
永年に渡って当山の総代を勤めていただいた石阪文夫様に総本山長谷寺化主・真言宗豊山派管長 田代弘興猊下からの感謝状を猊下の染筆を添えて差し上げた。当然、私が代読。
替わっての新任総代、大久保さんからご挨拶をいただいた。
そのあと、5分の休憩後に施餓鬼会法要に入った。本尊様に向かっているので、参列者の様子はわからないが、少しざわざわしていたようだ。
何はともあれ、無事終了した。ほッとした。