昨日は太田針に朝一番の9時に予約していった。「歯が痛いのですが」と言って治療してもらった。肩こりからきている歯の痛さ。歯科医院に行くと、抜かれてしまい、入れ歯になってしまう。その怖さと惨めさで、歯医者には行かない。歯周病の進行を止めるために3ヶ月に1度の歯石除去のためには行く予定だ。

どのような痛みかを妻に訊かれた。説明できない。説明してもズキズキとかドンドンとか、擬音での説明になる。それでもわからないだろう。肉体的痛みは本人にしかわからない。

言葉は現実のすべてを網羅しているわけではない。学生時代にサークル誌「駿台論潮」に書いてあった言葉を思い出す。「悲しいということが悲しいという言葉でしか表せないのが悲しい」。

悲しいの現実は涙が出るほどの悲しみもあれば、それ以上で涙も出ない悲しみもある。もちろんそれ以下で涙の出ない悲しみもある。人それぞれで同じ事象にあっても悲しみは違う。微妙さに伴う言葉はない。だから「悲しいということが悲しいという言葉でしか表せないのが悲しい」