小川雅文さんの前世は...
 
 
あなたの前世...どこで何してた?

誕生から雅文の名で生きてきた。僧の名は音で読むのが多いので、雅文はガブンもしくはガモンとなる。ガブンもガモンも僧名らしくない。と思った。怪獣の名っぽい。それで私を僧侶として生きて行こうと決心させたきっかけを与えてくれた三月会(狐嶋由昌師指導の若手の事相の勉強会)を企画設立された国分寺住職・星野亮雅僧正の一字とご指導いただいた狐嶋由昌僧正の一字をいただいて亮昌とした。戸籍の名前は雅文として残し、宗派への届けだけを僧名・亮昌でも良かったが、戸籍の名前も僧名と同じにした。東京家庭裁判所に名の変更許可を申し立てた。裁判所が扱うので、こういうのも事件になるようだ。審判が下った。上記申立人からの名の変更許可申し立て事件について、当裁判所はその申立てを相当と認め、次のとおり侵犯する。主文申立人の名を「亮昌」と変更することを許可する。平成13年8月24日。東京家庭裁判所八王子支部 家事裁判官 武部知子。旧の名前によると大らかな性格で包容力がある事になっている。大らかな性格はともかく、包容力はあるとは思う。無いとしても、少なくともありたいとは思っている。