秋季彼岸の入りは19日だが、連休ということもあって、前日の今日、18日に墓参に来られる方が多かった。


傷口が痛く、玄関での対応が変だったのだろうか、同級生のMさんに「どうしたの?」訊かれた。


抜糸すれば、引っ張られるような痛みは無くなるかも知れない。

20日の午前中に、外来で行って抜糸する。10年まえに同じ手術をしたが、あの時は抜糸はなかった。どうなっているのだろう????


檀家さんのS・Kさんが亡くなられたと言う知らせがあった。

25日通夜、26日葬儀。

その前に、明日の午後に枕経に行く。

「枕経はいつ来てくれますか?」

先方から言われた。


最近では枕経はおろか、通夜なし葬儀もある。

それで、どうこうなるわけではない。

やるかやらないかは遺された方のお気持ち次第。

やるべきことをやり、悔いなき優しき行いは、故人への想い。


想いはあっても、諸々の事情の中で仕来たり通りやらない(できない)場合もある。


仕来たりを誰もがやった頃と現代は、時代環境も、家族構成も、親戚縁者とのかかわりも違ってきている。その中でどうするかは遺族の判断。


仕来たりを崩して、良かれと思い「やっていたことをやらなかった」り「新しい形」を作ったりは、余程の信念が無ければ悔いを残しそうだ。

私の母の葬儀は、寺院住職の母親の通夜葬儀としては軽易に過ぎたようだ。悔いが残る。


先代住職の本葬は、従来通りにしたので悔いは残ってない。


これはあくまで私の場合で、それぞれの方はそれぞれの判断なので評価はしないし、出来ないと思っている。