昭和59年、弘法大師1150年の御遠忌の年。私は未だ副住職だったが、修行大師尊像建立の発願をした。その時に相談に伺った方の奥様が今月11日に亡くなられた。
府中の森 市民聖苑で昨晩通夜。300人を超える弔問焼香の方がいらしたそうだ。
心は知る由もないが、お身体は大変な思いをされたとご家族から伺った。
追弔和讃をお唱えした。
「人の此の世はながくして 変わらぬ春と思えども
はかなき夢となりにけり あつき涙のまごころを
みたまの前に捧げつつ おもかげしのぶも悲しけれ
しいかはあれども みほとけに 救われて行く身にあれば
思いわずろうこともなく とこしえかけてやすからん
南無大師遍照尊 南無大師遍照尊」
府中の森 市民聖苑で昨晩通夜。300人を超える弔問焼香の方がいらしたそうだ。
心は知る由もないが、お身体は大変な思いをされたとご家族から伺った。
追弔和讃をお唱えした。
「人の此の世はながくして 変わらぬ春と思えども
はかなき夢となりにけり あつき涙のまごころを
みたまの前に捧げつつ おもかげしのぶも悲しけれ
しいかはあれども みほとけに 救われて行く身にあれば
思いわずろうこともなく とこしえかけてやすからん
南無大師遍照尊 南無大師遍照尊」