天に起こる大きな歓び
―見出された羊―
ルカによる福音書 第15章1~7節
加 藤 高 穂
取税人や罪人たち
「さて、取税人や罪人たちが皆、イエスの話を聞こうとして近寄ってきた。するとパリサイ人や律法学者たちが呟いて、『この人は罪人たちを迎えて一緒に食事をしている』と言った」(ルカ15:1~2)。
「取税人」とは、ローマ帝国によって立てられた支配者や領主のため、請負で税金の取立てを行ったユダヤ人下級収税吏である。彼らは入札によって徴税権を得、ローマ帝国に一定額を納めさえすれば、あとは腕次第。どれだけ徴収しても構わない。元々、利のために買い取った権利である。苛斂誅求飽くことを知らぬという手合いも、少なくなかったらしい。そのため、人々からは異教徒ローマの手先となり、自分たちユダヤの同胞を苦しめる罪人とみなされ、蛇や蝎のように嫌われ軽蔑されていた。
また、「罪人」とあるが、いわゆる犯罪者というのではない。伝統的なユダヤ教の慣例(食物規定、不浄忌避の規定等)を守らず、律法の厳格な実践から程遠い生活をしていた、地の民と呼ばれた一般民衆のことである。
ただ、聖書で言う「罪」とは、標的を射そこなう、的を外す、という動詞から生まれた言葉で、神との正しい関係から逸れてしまうことを意味している。
それでは、「罪」は私どもの身に、どんな結果を齎すのであろうか。思い起こすのは『平家物語』の一場面である。
射損じたならば
鵯越の嶮を突破した源義経は、搦め手(敵の背面)の一ノ谷へ壮烈な逆落としを敢行する。予期だにしない奇襲に周章狼狽。大敗した平家は海に逃れ、四国の屋島(高松市)に退いた。だが1185(寿永4)年1月、阿波に上陸した義経は、陸路を長躯して屋島の背後を衝く。敵の急襲に違いない。定めて大勢で押し寄せたのであろうと、平家は慌てふためき、われ先に船に乗り込み、海上に逃れた。こうして海と陸との戦が始まったのである。やがて日も暮れ、今日の戦はこれまでと、両軍互いに陣を退きかけた。
その時である。沖の方から小舟が一艘、渚に向かって漕ぎ寄せてきた。波打ち際から五十間程の所で、船を横向きにする。何事かと源氏が見ていると、美しく着飾った十八、九歳の見目麗しい女房が立ち上がり、紅地に金の日の丸を描いた扇を竿の先に挟んで船端の先に立て、陸へ向かって手招きをした。「この扇を射よ!」というのである。
「あれを射落とす者はおらぬか。あの扇の真ん中を射抜いて、平家の者どもに物見させてやれ」という義経の声に推挙されたのが、那須与一宗高だった。
弓の名手・与一にとっても至難の業である。容易に首を縦に振ることはできなかった。
「必ず射抜く自信はありません。万一射損じては味方の恥。必ず射当てる人に命じて下さい」。
しかし、それが許されるはずもなかった。「義経の命に従わぬ者は、即刻鎌倉へ帰れ!」との叱責である。最早これまで。馬に跨り、弓を取り直し、渚に向かうと、海へ六間ほど乗り入れた。だが扇との距離は四十間もある。折からの北風に波は高く、船は揺れ、扇の的はひらひらと動いて止まない。源平両軍の人々は、固唾を呑んで見守っている。一の矢を外せば、二の矢はないのだ。
「射損じたならば、弓を折り自害して、果てます。どうかこの矢を外させ給うな」と祈った与一は、鏑矢を取ってつがえ、ヒョーと放った。矢は扇の要際一寸ばかりを、見事に射抜いた。矢は海に飛び、扇は空に舞い上がると、しばし虚空に閃くや、春風に一もみ二もみして、さっと海へ落ちていった。夕日輝く中、紅に金の日の丸の扇が、白波に浮きつ沈みつ漂うのを見て、沖では平家が船ばたを叩き、陸では源氏が箙をたたいて、どっと歓声を上げた。 さりながら、那須与一は的を外せば、自害して果てると覚悟したのである。
同じ穴の狢(むじな)
聖書のいう「罪」が、正にその通り。的外れ、すなわち、神様との正しい関係をはずすと、そこでは自害ならぬ、死と滅びが待っているのだ。ならば、主イエスを白眼視して、「この人は罪人たちを迎えて一緒に食事をしている」と呟いたパリサイ人や律法学者たちが、神との正しい関係に立っていたのだろうか。断じて「否!」である。
彼らとて、罪なる存在に変わりはない。それどころか、彼らは罪人として軽侮する目の前の人々以上に、罪の根は深かった。確かに、彼らは品行方正で、道徳的な過ちを犯すことは少なかったであろう。
だがしかし、人として幾許かの真っ当な道を歩んだからとて、私は義人ですと、神の前に胸を張れる人間などあろうはずもない。それはどこまでも自己満足であり、自己義認に過ぎないのである。
迷える羊
「そこでイエスは彼らに、この譬をお話しになった、『あなた方のうちに、百匹の羊を持っている者がいたとする。その一匹が居なくなったら、九十九匹を野原に残しておいて、いなくなった一匹を見つけるまでは捜し歩かないであろうか。そして見つけたら、喜んでそれを自分の肩に乗せ、家に帰ってきて友人や隣り人を呼び集め、《私と一緒に喜んで下さい。いなくなった羊を見つけましたから》と言うであろう』」(ルカ15:3~6)。
羊百頭を飼うというのは、並みの農夫、一般的な牧者の規模だったという。その羊飼いが慈しみ育てた子飼いの羊がいなくなったというのである。
元来、羊は賢い動物とは言えないようだ。おまけに臆病で、目も悪く、狼など敵に襲われると、ひとたまりもない。自らを守る鋭い牙や爪もなければ、逃げ遂せる脚力もないので、易々と餌食になってしまう。
「居なくなる」という語には、見失う、失くす、滅ぼす、滅びるという意味がある。羊飼いの許を離れた羊を待ち受けるのは、唯、滅びと死があるのみである。
松尾芭蕉は『奥の細道』の旅で、旧暦七月一五日、倶梨伽羅峠を越えて金沢に足を踏み入れた。その時、自分を心待ちにしていた弟子の一笑が亡くなっていたことを知り、墓を訪ねる。墓前にあって、心の底から募り来る悲しみは一通りのものでなかった。
塚も動け我が泣く声は秋の風
とは、その魂の叫びとも言うべき一句である。
我が泣く慟哭の声に、塚も鳴動せよ。天地も感応せよと、断腸の悲しみは抑えがたく、蕭々と吹く秋風に無常迅速なるこの世の儚さを観じたのであろう。愛する者を失う悲しみは、洋の東西を問わない。
羊飼いは、居なくなった一匹の羊を探すべく、残りの九十九匹を安全な場所において仲間に託すと、直ちに迷い出た羊の姿を求めて、何処までも、どこまでも、捜し歩いて行くのだ。こうして、羊を見つけたときの安堵と喜びは、どうだったか。疲れも何も一遍に吹っ飛んでしまい、湧き上がる歓びに包まれたであろう。
あちらこちらと、彷徨い歩き、挙句の果て、絶望的な状況の中で立ち尽くし、疲労困憊していた羊である。不安と恐れから、いつ暴れ出すかもしれない。羊飼いは、そっと羊に近づき、その両足を確り掴み、肩に背負って帰った。そして、友人や隣人と、喜びを共にしたというのである。
大きい歓びが、天に
「『あなた方に言う。それと同じように、罪人が一人でも悔い改めるなら、悔改めを必要としない九十九人の正しい人のためにも優る大きい歓びが、天にあるであろう』」(ルカ15:7)。
羊が自分から捜し求めたのでない。唯々、勝手な道を歩んでいった。その羊を、どこまでも追い求めて下さった。この迷える羊こそ、神を拒み、神に背く罪人、この私に外ならない。
野垂れ死にこそ相応しい滅びの子が、一方的な主イエスの愛と憐れみにより、救いに与らせて頂いた。天来の歓びと祝福に招き入れて下さったのだ。
2015.11.20.