開いた門―これから後に起るべきこと―
ヨハネの黙示録 第4章1~5節
加 藤 高 穂
開いた門が天にあった
「その後、私が見ていると、見よ、開いた門が天にあった。そして、さきにラッパのような声で私に呼びかけるのを聞いた初めの声が、『ここに上って来なさい。そうしたら、これから後に起るべきことを、見せてあげよう』と言った。すると、忽ち、私は御霊に感じた」(黙4:1~2a)。
ローマ皇帝ドミティアヌス(紀元86~96年在位)の迫害で、エーゲ海の孤島パトモスに流されていたヨハネは、信仰の戦いに勝利すべく、七つの教会に激励の手紙を書き送るように命じられた。そして、なおも天を見詰めていたときである。突然、開いた門が天に現われ、「ここに上って来なさい。そうしたら、これから後に起るべきことを、見せてあげよう」と、天空にりょうりょうと鳴り渡る、ラッパの響きにも似た声を聞いたのである。
当時、ユダヤの人々は、大地には果てがあり、地の涯は山々が柱となって丸い天を支えていると考えていた。しかも、その天には、太陽や星など被造物が存在する「第一の天」、天使たちが住む「第二の天」、そして神の在し給う「第三の天」といった階層があり、天地を結ぶ門や、雨を降らす窓を思い描いて疑わなかった。
だが、ヨハネが見た天の門は、単に当時の宇宙観に起因しただけのものでない。主イエスの御霊を受けて、ありありと拝した幻であり、何ものも打ち消し得ない真実として、ヨハネに臨んだのである。
私は御霊に感じた
「すると、たちまち、わたしは御霊に感じた」(黙4:2a)とある。だが、原典には「感じた」という語はなく、「すると、直ちに、私は御霊の中にあった」(=Immediately I became in <the> spirit.)となっている。すなわち、ヨハネは、「これから後に起るべきことを見るべく」瞬時に御霊に包まれ、天界に移されたのだ。
ヨハネと同様の体験をした使徒パウロは、「私はキリストにあるひとりの人を知っている。この人は十四年前に第三の天にまで引き上げられた―それがからだのままであったか、私は知らない。からだを離れてであったか、それも知らない。神がご存知である」(Ⅱコリント12:2)と語っている。
ところで、逃れ得ぬ歴史の必然とも聞こえる「これから後に起るべきこと」(=必ず起るべきこと)という言葉は、どういうことを意味しているのだろうか。
捨て子に秋の風如何に
受動的で和を尊ぶ思想や宿命論は、その時々の自然条件や環境に大きく左右される農耕民族の間に生まれやすいという。
荘子の影響が色濃い松尾芭蕉は、『野ざらし紀行』の中で、印象深い場面を書き残した。1684年秋、江戸を出立。九ヶ月に及ぶ旅を始めて間もない日のことだった。富士川のほとりで三歳ばかりの捨て子を見た彼は、哀れに思い、食物などを与えて通り過ぎる。
そして、「猿をきく人すて子にあきのかぜいかに」(猿の鳴き叫ぶ声を聞いて腸をしぼった詩人たちは、秋風にこの捨て子の泣く声を如何に聞くであろうか)と一句を詠み、「いかにぞや、汝父に憎まれたるか、母に疎まれたるか。父は汝を憎むにあらず、母は汝を疎むにあらじ。唯是れ天にして、汝の性の拙さに泣け」と、記している。
これは荘子『大宗師篇』の「父なるか、母なるか。天なるか、人なるか。…父母は豈に吾が貧を欲せんや…然うして此の極に至る者は、命なる夫」によっているとされる。如何とも為しえない宿命に生きるしかないとする、荘子の運命観が強く反映しているのだ。
胡蝶の夢
とまれ、中国の戦国時代中期、すなわち紀元前四世紀の初期から末期に生きた荘子は、禅宗や浄土宗にも大きな影響を与えた。その
荘子思想の眼目とされる「斉物論篇」の最後に出ているのが、「胡蝶の夢」である。それによると、
「いつか荘子は夢の中で、胡蝶になった。そのとき、彼は嬉々として胡蝶そのものとなり、ただ楽しいばかりで、心ゆくままに飛び回っていた。そして自分が荘子であることに気づかなかった。
ところが、突然、夢から覚めると、紛れもなく荘子そのものであった。一体、荘子が胡蝶の夢を見ていたのか、胡蝶が荘子の夢を見ていたのか、自分には分からない。
けれども、荘子と胡蝶とでは、確かに区別があるはずである。それにもかかわらず、区別がつかないのは、何故だろうか。
ほかでもない、これが物の変化というものだからである」というのだ。
だが荘子は、彼が胡蝶に変じたとか、胡蝶が彼に化したとか言うのは、常識の立場だとする。すべてを等しいと見る万物斉同の立場、絶対無差別からすると、自他の区別はない。だから、どのような変化が訪れても、自分が失われることはなく、生死の別もない。生きている自分があると共に、死んでいる自分がある。この世の人生だけを現実とみるのは差別の立場であり、人生もまた夢と見るのが無差別の立場で、彼はそこに立つ。
それもこれも、この世に生まれた私どもが、愛欲煩悩の桎梏のなかで、やがて老い衰え、病の果てに死ぬという生老病死の四苦を、如何に超克するかという問題が根底にあった。
そこで、生死は等しいものであり、生きている時は生に安んじ、死んだ時は死に安んじる。あるがままそのまま、天命に安んじて、無為自然の境地に生きることを是とするのである。
必ず起こるべきこと
ただ、生ける主イエスが、ヨハネに語りかけられた「必ず起こるべきこと」というのは、避けることのできない無情無慈悲な宿命とか運命を意味していない。
万物を造られた神は、今在し給うて万物を支配し、やがて勝利者として来り給う方である。その神は、遠く冷たい神ではない。また、何か得体の知れない運命といったものとは違う。私どもの救いのため、自らの命を十字架に殺すまでに私どもを愛し給う神なのだ。この神の支配によって、やがて歴史は完成する。だから、私どもは将来する時に対する希望に生きることを許されるのだ。よしんば今という此の時が、艱難と苦悩に満ちたものであろうとも、明日に向って、頭を上げ、明るく生きられるのである。
とまれ、主イエスの御霊に携えられて見た天上界の幻は、どのようなものだったのか。
天の玉座に在す方
「見よ、御座が天に設けられており、その御座に在す方があった。その座に在す方は、碧玉や赤瑪瑙のように見え、また、御座の周りには、緑玉のように見える虹が現れていた。また、御座の周りには二十四の座があって、二十四人の長老が白い衣を身にまとい、頭に金の冠をかぶって、それらの座についていた。御座からは、稲妻と、諸々の声と、雷鳴とが、発していた。また、七つの灯火が、御座の前で燃えていた。これらは、神の七つの霊である」(黙4:2b~5)。
天の玉座に坐し給う父なる神の御姿は、その光輝と尊厳ゆえに、ヨハネが直視するに耐えられなかった。ただ、光として表現された神は、金剛石に同定される碧玉の、透き通った至聖至純な光を放射しているかと思えば、神の正義執行の審判を彷彿させる血の色をした赤瑪瑙のような光を放っておられた。更に、御座の周りには宝玉エメラルド色の虹が取巻き、永遠の生命と希望、慈愛と恩寵の色に輝いていたという。
御座の周りの二十四人の長老に関しては諸説あるが、伝統的には旧約の神の民の代表と、新約の神の民の代表たる十二使徒とされている。古い神の民イスラエルと、新しい神の民なるキリスト教会が、天上にあって神の玉座を囲み、共に礼拝を捧げているのだ。御座の前に燃えて輝く七つの灯火は、七つの霊と呼ばれる神の御霊で、今も現に、全世界に派遣され、生きて働き給う。この御霊の先立ちの中に、天上界の光に送られつつ、教会は希望の明日に向かって、福音宣教の使命に与らせて頂くのである。
2012.5.20.