喜ばしい知らせ
ペテロの第一の手紙 第2章18~20節
加 藤 高 穂
僕(しもべ)たる者よ
「僕たる者よ。心からの畏れをもって、主人に仕えなさい。善良で寛容な主人だけにでなく、気難しい主人にも、そうしなさい」(2:18)。
ここで、「僕たる者よ」と訳出された「僕」という言葉は、普通に用いられているギリシャ語『ドゥロス』でなく、『オイケテース』の複数形が使われているので、家内奴隷ということである。
古代の戦争は、奴隷狩り といった性格が強かった。ローマも例外でない。異民族を征服し、領土を拡大する過程で、大量の捕虜が、奴隷としてイタリアに連れて来られた。とりわけ、アルプス越えで勇名を馳せた、英雄ハンニバル率いるカルタゴとの戦い、すなわち第二ポエニ戦争、別名ハンニバル戦争(前218~201年)と、それに続く戦争によって、カルタゴ、ヒスパニア、マケドニア、ギリシャ、小アジア、ユダヤ、シリア、ガリア、エジプト、ダキア、トラキアなど、各地から多数の戦争捕虜が、ローマやイタリアに連れてこられたのである。
彼らは奴隷市場を通じて売買され、農業や手工業、或いは家庭の安価で主要な労働力として、社会生活のあらゆる面に浸透して行った。こうして、初代教会の時代、ローマだけでも百二十万人、ローマ帝国内には六千万人の奴隷がいたとされる。
ローマ奴隷制の特色は、大土地所有(ラティフンディウム)と結びついた大規模な農業奴隷の存在と、市民の娯楽のために剣闘士として養成された剣奴にあるという。それはともかく、奴隷は、牧畜・農業などに使われた「田舎の奴隷」と、医者、教師、技術者、商人、音楽家、俳優、秘書などとして使役された「町の奴隷」に大別された。だが、いずれにせよローマ法の下では、奴隷は生きた道具であり、家畜同様、人格を持たない物品としての存在でしかなかった。
こうした状況にあって、キリスト教は「人はすべて、神の目にかけがえのない尊い存在で、主イエス・キリストはあなたを愛し、救うべく十字架に掛かり給うた」という驚くべき使信をもたらしたのである。
この喜ばしい知らせは、物言う家畜としてあった人々の心と魂を激しく揺さぶった。彼らは心と魂をささげ、キリスト者となり、愛と希望に溢れる新たな命に生きる人となって行ったのである。そのクリスチャン奴隷に向かって、ペテロは語りかけ「僕たる者よ。主人に仕えなさい」と言うのだ。だがこれは、決して奴隷制度を是とするものではない。
ルソーの奴隷論
十八世紀、ジュネーブに生まれ、フランスを第二の故郷とするジャン・ジャック・ルソー(1712~1778)は、人間は生まれながらにして自由・平等であるとの原則に立ち、あらゆる奴隷制は正当性をもたない不法なものであると、断じた。
彼は、その著『社会契約論』の中で、「人間は自由なものとして生まれたのに、至るところで鎖につながれている」として、ギリシャの哲人アリストテレス(前384~322)の「人間は生来平等でなく、ある者は奴隷、ある者は支配者になるために生まれた」という奴隷論を批判。さらに奴隷の起源を戦争に求め、「勝者は敗者を殺す権利をもつので、敗者は自分の自由を自由の代償として生命を買い戻すことができる」としたオランダの法学者グロティウス(1583~1645)らの奴隷権論に反駁し、「勝者は敗者に対して、力のほかに新たな権威を得たわけではなく、戦争状態は従来どおり両者の間に存続しており、両者の関係そのものが戦争状態の結果である」(井上幸治訳)と述べて、人は人を奴隷にする権利などはないと、明言している。
主人に仕えよ
だが、初代教会においては、ルソーが論ずるよりも早く、現実として奴隷解放が始まっていたのだ。すなわち、人間として認められなかった彼らの中から、自分たちの指導者としての牧師、監督、司教を生み出していた。主にある兄弟姉妹という愛の交わりが、自由人・奴隷の別を超えた、新しい人間関係を誕生させていたのである。
とはいえ、キリスト者とて肉の弱さを抱えた人間に他ならない。日々の生活の中で、善良で寛容な主人に仕えるのならまだしもである。同じ人間として軽蔑しか感ぜられぬ、心ねじけた、酷薄で理不尽な主人の要求に、「心からの畏れをもって、仕えよ」と言われても、どうして、こんな人間に、唯々諾々と従わねばならないのかと、そ
の疑念を払拭するのは難しい。気難しい主人の顔を思い浮かべるだけで、メラメラと燃え上がる反抗心と憤怒の情で、腸が煮えくり返るのを禁じ得なかったろう。
ルソーの指摘を待つまでもない。今でこそ主人であるローマ人とは、本来、敵対関係、戦争状態にあるのではないか。反抗してこそ、誇り高き人間、意気地ある人間のすることではないのか。また、神の前に人は平等というのであれば、現実の社会で、それを実現させてこそ、高潔で勇気ある行動ではないのかとの思いに駆られることも度々だったに違いない。
ローマの歴史を見ても、そうである。奴隷十二万を糾合。各地でローマ軍を打ち破ったが、遂にクラッススによって鎮圧され、捕虜となった奴隷約六千人が、十字架に磔となり、アッピア街道にさらされたスパルタクスの乱(前73~71)を始め、幾度となく奴隷の反乱が起きている。
しかし、ここで、忘れてならないのは、「心からの畏れをもって」とは、生殺与奪の権を有する、この世の主人を恐れる恐れが言われているのではないということだ。主イエスの救いを知った者は、肉体を殺しても、それ以上何もできない人間を恐れる必要はない。畏れとは、唯ひたすら、神に対する畏れを言うのである。
神を畏れ・神を仰いで
「もし誰かが、不当な苦しみを受けても、神を仰いでその苦痛を耐え忍ぶなら、それは嘉みせられることである。悪いことをして打ち叩かれ、それを忍んだとしても、何の手柄になるのか。しかし善を行って苦しみを受け、しかもそれを耐え忍んでいるとすれば、これこそ神に嘉みせられることである」(2:19~20)。
ここには、「嘉みせられることである」という言葉が二度出ているが、これは上位の者が下位の者に対して示す特別の好意、恩恵、愛顧、恩寵を意味する「カリス」の一語なのである。
また「神を仰いで」というのは、素晴らしい訳だと思う。だが、原典を文字通り訳すと「神の自覚(意識)の故に」となっている。生ける神は、更に近いのである。目を逸らそうにも、逸らすことができない。己が目の前に、生ける神をありありと覚えしめられることに他ならない。自覚や意識というと言葉は硬いが、心に焼きつき、魂を揺り動かされるのである。
私どもは、不当な苦しみを受ける時、何か危機に陥った時、自分ほど惨めな者はいない。自分は、この世の中で、ひとりぽっちだと感じる。それは、自分というものが先に立つからである。その自分という硬い殻が破られるや否や、そこが神の祝福の注ぎ口となるのである。不当な苦しみが、まさに神の特別の好意、生ける主イエス・キリストの恵みに生まれ変わるのである。
かつてヨセフは、兄弟たちの妬みを買い、遠く異郷の地に奴隷として売られ、どん底の世界に身を落とした。しかし、幾多の試練の後に、エジプトの宰相になり、自分のみならず、エジプトの人々と自分を貶めた兄弟や一族の救いになるという不思議な境涯を得た。
そのヨセフが、真っ先に、覚えしめられていたのが、生ける神であった。
主なる神、イエス様を覚えしめられると、ガラクタの自分が、ガラクタのままに、死ぬるも我が益、また幸なりと無辺無量の恵みを覚えしめられてくるから勿体ない。迫めも飢えも、憂いも悩みもあらばこそ、アーメン有難うございますと生ける主なる神を拝しつつ、共に歩ませて頂きたい。
2013.3.20.