主よ、見えるようになることです

  ―神を讃えながらイエスに従って行った―

              ルカによる福音書 第18章35~43節

 

                加 藤 高 穂

 

エリコに近づかれたとき

「イエスがエリコに近づかれたとき、ある盲人が道端に坐って、物乞いをしていた」(ルカ18:35)。

「エリコ」は英語で、Jericoという。モーセの後継者ヨシュアひきいるイスラエルが、神の導きにより、有名な「ジェリコの戦い」に勝利して征服したのが、堅固な城壁都市・旧エリコだった。その北約3㌔の所に、主イエスが近づき給う新しいエリコの町があった。

北方のガリラヤから聖都エルサレムに向かうとき、人々はエリコに一泊して、旅装をととのえ、身も心も新たに都入りしたという。しかも、この時、ユダヤ最大の祭・過越祭が近づいていたのである。

この祭に参加するため、巡礼が世界各地からエルサレムめざして、続々と集まってきていた。その巡礼者たちの慈悲にすがろうと、道端には物乞いが坐っていたのである。盲目の乞食も、その中の一人だった。

 目が見えないため、働きたくとも仕事がない。乞食をするより生きる術がなかったのだ。マルコ10:46は、この乞食の名を明かしてバルテマイだという。一方、ルカは名を伏せて、「ある盲人」とだけ紹介している。それというのも、この記事が、この男だけのことでなく、これを読む私ども一人々々のこととして、伝えたいがためだった。

実際、私どもが聖書を読むとき、「ああ、そんな事か」と、他人事として捉えるかぎり、何も響かない。そうではなく、この盲目の乞食に、自分の姿を見せて貰うのだ。他ならぬ自分が、神の御前に目の見えぬ者。神の慈悲なくしては、どこにも救いのない人間。この世にあって、何の希望もなく、ただ暗黒の中にしか生き得ない自分を如々に見せて頂くのだ。

 

一休禅師のこと

一休さん(1394~1481)と聞けば、子供の頃に親しんだ頓智話を思いだすが、長じてからの風狂ぶりは枚挙に暇がない。

事も有ろうに正月元旦、骸骨を竿の先に吊し、縁起をかつぐ色街などを選んで、一軒々々、挨拶廻りをして歩き、「門松は冥土のたびの一里塚、馬かご(籠)もなくとまりや(宿屋)もなし」と詠った。

奈良を旅したとき、「仏の道を教えて下さい」と請う者があり、その男の前で大きな屁をひった。吃驚した相手に「屁なりとてあだなるものと思ふなよ、ぶつという字は仏なりけり」と、即興の歌を作る。

更には、堺の町を朱塗りの太刀を佩いて歩き、「武士でもないのに、どうして刀を腰にさして歩くのか?」と問われるや、すらりと鞘を払って見せると、竹光が現れ、昨今の禅など、こんなものと嘯いた等々。その奇行と洒脱、独特の禅風は、他の追随を許さない。

そんな一休禅師も、心眼開けるまでは、真っ暗闇の

なかで苦しみ悶えた。彼が修禅に打ちこみ始めたのは十七歳の頃で、無欲恬淡、高徳で聞えた西金寺の謙翁に師事したが、四年にして生涯の師と頼んだ翁を失ったのである。人生の指南をなくした彼は、深い失意と絶望に見舞われ、近江の石山寺に籠り活路を求めたが得られない。暗黒の中、入水して果てようとした。

幸い自殺を思い止まる機縁があり、新しい開悟の師を求めた。そして近江の堅田に禅庵を結ぶ華叟宗曇の膝下で、悟りを得たのである。一休二十七歳の初夏のことだった。

 エリコの町近く、物乞いをしていた盲目の男も、光を求め、己れの目開かれるのを祈り、暗黒世界で呻吟していたのである。

 

ダビデの子イエスよ

「群衆が通り過ぎる音を耳にして、彼は何事があるのかと尋ねた。ところが、ナザレのイエスがお通りなのだと聞かされたので、 声を上げて、『ダビデの子イエスよ、私を憐れんで下さい』と言った」(ルカ18:36~38)。

盲人の乞食は、この日、いつも通り、憐れみを乞うて坐っていた。その前を、群衆が押し合い圧し合い、過ぎて行く。しかし、何か違う。あたりの空気から、常ならぬもの感じるのだ。心に迫る、浮き立つような、何かしら喜ばしいものが伝わってくる。

これは、一体、何だろう。何が起きているのか。自分の目で確かめたくとも、見ることはできない。期待と不安の綯い交ぜになった、不思議な感覚である。

 彼は、施しをくれた親切な人に尋ねた。

「これは何事ですか」。

「ナザレ人イエスが、通り過ぎようとしておられるのだよ」。

ナザレ人イエス!その名を耳にするや、彼は「声を上げて『ダビデの子イエスよ、私を憐れんで下さい』と言った」とある。ただ声を上げたのでない。原典は、叫んで言ったとなっているのだ。

「ダビデの子よ」とは、端的に「メシア(救主)よ」という意味である。盲目の男に、何ができよう。彼は、唯、叫ぶ以外、道はなかった。この雑踏の中、大群衆に混じって、ほんの近くまで主イエスが来ておられる。そして今、将に此処を通り過ぎようとしておられるのだ。有り得ないことが起きている。

だが、キリストは、一体、何処におられるのか。誰がその御方なのか分からない。盲人の乞食は、口は裂け、喉も破れよと大声を上げ、「ダビデの子イエスよ、私を憐れんで下さい」と、叫び続けた。

 私どもが、救いを求めた日も同じだ。神は存在するのか。キリストは在し給うのかと、闇雲に叫ぶ。救主は、何処に居られるのか。ただ叫び求める外なかったではないか。

 

イエスは立ち止まって

「先頭に立つ人々が彼を叱って黙らせようとしたが、彼はますます激しく叫び続けた、『ダビデの子よ、私を憐れんで下さい』。そこでイエスは立ち止まって、その者を連れて来るように、とお命じになった」(ルカ18:39~40a)。

 「先頭に立つ人々」(=前に行く人々)が誰を指しているのかは、はっきりしない。弟子たちなのか、パリサイ人や律法学者だったのか、はたまた一般民衆なのか、何ひとつ分からない。

いずれにせよ、彼らには道端に坐り、憐れみを乞うて生きる盲目の乞食が生きようと死のうと、まったく問題でない。唯々、厄介な邪魔者に過ぎなかった。それで、だまれ、やかましい、ひっこんでろと、彼を邪険に扱い、叱り飛ばしたのである。

 しかし、人々が黙らせようとすればするほど、彼は大声を張り上げ、叫び続けた。必死だった。狂人といわれようと、何と言われようと構っておれぬ。乞食にとっては、救われなければ堪らない。金輪際、日の目を見ずに死ぬか生きるかの瀬戸際だった。叫ぶことを止める訳にはいかないのだ。

 すると、主イエスは立ち止まり、彼を連れて来るようにと、お命じになったのである。マルコ10:50は、「そこで彼は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスの許にきた」と、噴き上げてくる喜びに満たされ、天にも上る勢いで、御許へ馳せよる男の姿を生き生きと伝えている。

 

イエスに従って行った

「彼が近づいたとき、『私に何をして欲しいのか』とお尋ねになると、『主よ、見えるようになることです』と答えたそこでイエスは言われた、『見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救った』。すると彼は、忽ち見えるようになった。そして神を崇めながらイエスに従って行った。これを見て、人々は皆、神を讃美した」(ルカ18:40b~43)。

 キリスト・イエスは、誰からも顧みられない。人々から歯牙にもかけられない、この盲人の乞食の叫びを聞いて、立ち止まって下さった。そればかりでない。「見えるようになれ」と言って、立ち所に男の目を開かれたのである。霊眼開けた男の目には、主イエス・キリストのお姿が、真っ先に飛び込んできた。そして、神を崇めながらイエスに従って行ったとある。

 福音とは何か。目の前に、キリスト・イエスを拝させて頂きつつ、主が主として、神が神として生き給うことを喜ぶ。その喜びに生かされていくことなのだ。

2016.3.20.