「ひまわり」
加 藤 高 穂
孫の絵のひまわり空をはみ出せる
ご長女が小学生だった時、その方は突然、病に倒れ、右半身麻痺となられた。だが、いつも前向きに生きられる姿勢そのままに、左手で家事をこなし、地方展・草書の部で入賞。さらにはピアノを独習され、その演奏を聴かせて頂いたこともある。教会にも度々、遠路バスを乗り継いで、明るい笑顔を見せて下さった。
ただ、元気な時代は良かったが、高齢になられると、室内で転倒されたり、不安な事例が重なり施設に入所された。そのご夫人を訪ねた或る日のことである。
受付で来意を告げ、部屋に通されると、ベッド横の壁には、お見舞に来たお孫さんからのプレゼントなのだろう。画用紙いっぱいに描かれた「ひまわり」の絵が張り出されていた。
大空をはみ出さんばかりの大輪の花が、生き生きと描かれている。この絵を見るたびに、夫人はどんなに力づけられ、心和ませられたことだろう。こちらまで、その喜びを頂いた。
オランダの画家ゴッホ(1853~1890)は、35歳で南仏のアルルに移り住むと、「今は輝かしい炎熱の波と風のない天候で、それは僕の仕事に有利だ。(中略)黄色はなんと美しくありうることだろう!」と声を上げた。
そして、彼の芸術の象徴となった花「ひまわり」(太陽花)の連作、更には「アルルのはね橋」「夜のカフェテラス」など、傑作を次々に生み出してゆく。
ゴッホならずも、天空に満ち満ちた生命の躍動が、直に伝わるお孫さんの絵「ひまわり」に、暫し見入ったことだった。