湯帷子」(ゆかたびら)

                加 藤 高 穂

 

    修禅寺や湯殿血染めの湯帷子

 

 小学五・六年生の時だったろうか。母に連れられ、岡本綺堂の戯曲『修禅寺物語』が映画化されたものを観に行った。鎌倉幕府の第二代征夷大将軍・源頼家の非業の死を描いたものだったが、内容に関しては、とんと記憶にない。

 1204年7月18日、伊豆の修禅寺に幽閉されていた頼家を、武士の一隊が急襲する。入浴中だった彼は、腕の立つ勇猛の士として知られてはいたが、何一つ武具を身につけていない。

それでも、むざむざ殺されはしなかった。仁王立ちして相手を睨めつけ、近づく者あらば、武器を奪って戦おうという勢いである。

 恐れをなした暗殺者たちは、前後左右から一斉に飛び掛かり、首に縄をかけ、ふぐりを掴むなど、身動きできぬようにして刺し殺したという。この湯殿における場面だけは、朧げに覚えていると言いたいが、それすらも確かでない。

 ただ、権謀術数渦巻く中、頼家に代って1204年、弟の源実朝が11歳で三代将軍に立てられたが、28歳で暗殺されている。

実朝は、兄頼家とは異なり病弱だった。だが、霊感鋭く夢で神仏のお告げを受けたり、鎌倉のみならず京都を含めても学識深く、一流の歌人としての力量は、万人が認めるところだった。

その歌集『金槐和歌集』に「世中は鏡にうつる影にあれやあるにもあらずなきにもあらず」という一首を遺している。

 洋の東西を問わず、いつの時代も変わることなき、欲望渦巻く人間模様を見せられる。なればこそ、上よりの清新な生命に生かされたいものである。