タリタ・クミ(少女よ、起きよ)
マルコによる福音書 第5章21~43節
加 藤 高 穂
主イエスは、ガリラヤ湖東岸、異教社会のデカポリスで、ゲラサ人レギオンと名乗る悪霊憑きの男を救われた。それにも関わらず、土地の人々から「この地方から出て行って頂きたい」と追い帰されたのである。そこで再び、舟に乗ると、西岸の町カペナウムに戻って来られた。
すると、どうか。イエス様による救いを求める大勢の人々が、続々と集まってきたのである。とりわけ、一刻千秋の思いで待ち焦がれていたのが、会堂司ヤイロなる人物だった。彼は、舟から降り立ったばかりのイエス様に駆け寄ると、その足下にひれ伏して懇願したのである。
愛娘、死に瀕す
「私の幼い娘が死にかかっています。どうぞ、その子が治って助かりますように、お出でになって、手を按いてやって下さい」(マルコ5:23)。
ルカ伝8章42節には、その娘は「十二歳ばかりになるひとり娘」と記されている。当時、ユダヤでは十二歳になると、女性は大人の仲間入りをして、結婚適齢期を迎えた。だとすれば、幼い娘というよりは、むしろ愛娘と訳すべきであろう。
わが国でも平安時代以降、女子の成人を祝う「髪上げ」という儀式があった。年の頃十二歳から十四、五歳になると、それまで振分けて垂らしていた髪を結い上げ、後ろに垂らして成人の髪型にしたという。
ヤイロの愛娘に思いを馳せるとき、島崎藤村の詩集『若菜集』にもられた一篇の詩が、心に浮かぶ。
「初 戀」
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の實に
人こひ初めしはじめなり
わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな
林檎畠の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ
会堂司ヤイロは、瀕死の床にある一人娘を、愛情の限りを注いで育ててきた。目に入れても痛くない。その子のためなら、自分の命など露ほども惜しいとは思わない。その愛娘が、まさに死のうとしている。居ても立ってもおれずに、彼は主イエスの御前にまかり出たのである。
当時、イエス様は、ユダヤ教の権威筋から敵視され、ユダヤ教の会堂からも締め出されていた。そのため、青空天井の下での宣教活動を余儀なくされておられたのである。なればこそ、会堂司ヤイロの行動は、自らの地位と名誉を一挙に失い、権威筋からは白眼視され、社会から疎外される危険があった。
ヤイロが、たった一人でやって来たというのには、自分のことで誰も巻き添えにしたくないという思惑もあったろう。或いは、誰もそんな危険にかかわりたくないという恐れがあったのかも知れぬ。
だが、彼は必死だった。誰が何と非難しようと構わない。娘が助かりさえすれば、地位も名誉も財産も、何一つ惜しくない。彼は、主イエスの足下に、徹底的に空しく、小さく、低くされて、ひれ伏したのである。主イエスは、そのヤイロを温かく受け止められた。
「そこで、イエスは彼と一緒に出掛けられた。大勢の群衆もイエスに押し迫りながら、着いて行った」(マルコ5:24)が、すんなり事が運んだ訳ではない。
娘は亡くなりました
ヤイロの家に向かう途中、イエス様は、長血を患い、十二年間という長きにわたり、病のために悶え苦しんできた婦人を癒され、言葉をかけておられる時だった。
ヤイロの家から使いの者がやって来て、「あなたの娘は亡くなりました。この上、先生を煩わすには及びますまい」と、決定的な報告をもたらしたのである。
その瞬間、ヤイロの顔からサーッと血の気が引いた。駄目だったか。もう何をしても無駄だ!青ざめた顔に、ありありと失望の色が浮かんだ。だが、どうだろう。
人々、イエスを嘲笑う
「イエスはその話している言葉を聞き流して、会堂司に言われた、『恐れることはない。ただ信じなさい』。そしてペテロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネの他は、着いて来ることを、誰にもお許しにならなかった。彼らが会堂司の家に着くと、イエスは人々が大声で泣いたり、叫んだりして、騒いでいるのを御覧になり、内に入って、彼らに言われた、『何故泣き騒いでいるのか。子供は死んだのではない。眠っているだけである』。人々はイエスを嘲笑った」(マルコ5:36~40)。
当時、ユダヤでは、誰が死んでも、どんなに貧しくても、最低二人の笛吹き男に、泣き女一人を雇ったという。ヤイロは会堂司で、地元の資産家だった。物悲しい笛の音が流れ、沢山の泣き女たちが、悲嘆の声を上げて泣きわめいている。悲しみを募らせた家人や弔問客たちの泣き声が、それに輪を掛け、邸内は大変な騒ぎになっていた。
それだけでない。死という厳然たる事実を目の当りにして、「子供は死んだのではない」と言われるイエス様を、人々は嘲笑った。突拍子もない空言を口にしているとしか思えなかったのである。
タリタ、クミ
「しかし、イエスは皆の者を外に出し、子供の父母と供の者たちだけを連れて、子供のいる所に入って行かれた。そして子供の手を取って、『タリタ、クミ』と言われた。それは、『少女よ、さあ、起きなさい』という意味である。すると、少女は直ぐに起き上がって、歩き出した。十二歳にもなっていたからである。彼らはたちまち非常な驚きに打たれた」(マルコ5:40~42)。
死人に触れることは、けがれを身に招くとして、普通の人は決して行わなかった。だが、イエス様は、そんな事など全く意に介されない。生命の主自ら、死んだ娘に近づき、その手を取ると、「タリタ、クミ」(少女よ、起きよ)と、声を掛けられた。
使徒ペテロに仕えていた福音書記者マルコは、現場に立ち会ったペテロが、喜びに満ち、懐かしくて堪らないといった表情で、その時のイエスさまの姿と声、口調を再現して語ってくれた言葉の響きを、生涯忘れることができなかった。
「タリタ・クミ」(少女よ、起きよ!)と、主イエスの声が響くや、光が闇を突き破り、死が生命に呑まれてしまったのである。
死んでいた娘の顔にみるみる薄紅色の血の気がさして、小さな息を始めたではないか。感極まって、それを見つめるヤイロと妻、それに三人の主イエスの弟子たちがいた。
目に歓喜の涙を浮かべ、自分を見守る両親と見知らぬ人々を、いぶかしげに見つめ返した娘は、何事もなかったかのように、死の床から起き上がると、歩き出したのである。茫然自失の体で、ただ立ち尽していた娘の親に、イエス様が声を掛けられた。
食物を与えなさい
「イエスは、誰にもこの事を知らすなと、厳しく彼らに命じ、また、少女に食物を与えるようにと言われた」(マルコ5:43)。
死から甦ったヤイロの娘が、その後、どんな生涯を送ったかは知らない。ただ、この世にあって、自ら復活を体験した彼女も、やがて地上の生涯を閉じたのは、確かである。
だとすれば、どうなるのか。彼女の甦りには、何の意味もなくなってしまうのだろうか。断じて、それはない。復活とは、単に死の手前で生きていた現実、生前の我に帰ることではないのである。暗黒の死を突き抜けた、永遠の生命という光の世界への、まったき生まれ変わりを言うのだ。
死んだ筈のヤイロの娘が、この世にあって、一時なりとも甦りを経験したのは、主にあって、今、現に、死を超えた生命の世界が始まっていることを、ありありと指し示している。ヤイロの娘ならずも、私どもも、共に、主イエスの真の生命に生かされて参りたい。