「春の嵐」
加 藤 高 穂
春嵐牙剥く男波吼え止まず
西南学院大学入学と同時に、ボート部に入った。と言っても、かれこれ60年も前のことになる。オールを握るようになって間もない頃、百道浜にあった艇庫に行くと、幸いにも上級生の影はない。一年生部員だけが集まっているではないか。鬼の居ぬ間の洗濯とばかりに、誰言うともなく、艇を出そうとなった。
いつもは、人目につかぬ能古島まで漕いでゆき、島陰の波静かな海で艇上練習をしていたこともあろう。賑やかな所で漕いでみたい。人々の注目を集めたいという若者特有の目立ちたがりもあった。意気揚々と那珂川を漕ぎ上り、繁華街・東中洲に架かる橋まで漕いで行ったのである。
だが、帰りのことだった。西公園崖下と鵜来島の間あたりまで来ると、急に風が強まり、春嵐とは行かぬものの、ぴょんぴょんと三角波が立ち始めたのである。水を掻こうとオールを入れてもスッポ抜ける。櫂捌きの未熟さもあり、容易に艇が進まなくなってしまった。それでも、どうにかこうにか三角波を乗切り、百道浜に漕ぎ着いたのである。
案の定、艇庫前には上級生が待ち構え、勝手なことをするなと、お目玉を食らったのを思い出す。ただ、無用な心配を掛けたことは
抜きにして、仲間同士、小さな冒険をやり終えた満足感の方が、大きく心を占めていたのは確かだった。
人生航路を漕ぎ渡るのも同じだろう。周りの人々に迷惑を掛けることは論外として、失敗を恐れず、勇気を奮い、為すべき事を為す。その喜びに生きたいものである。