「母の里」
加 藤 高 穂
母の里瀬音に眠る涼夜かな
虫の音の渦巻く里に寝入りけり
僻地医療を志し山形県の山村で開業した母方の祖父は、胃癌のため三十代の若さで世を去った。母が小学生の時である。その跡を継いだのが母の弟だったが、その叔父も今はない。
五十四歳で亡くなった母が、病状からはとても無理だと自覚しながら「一度、山形に帰ってみたい」と、言葉したことがあった。
母の夢は叶わなかったが、七年前、山形、東京、愛知で、歯科医院を営む三人の従弟たちが、東京在住の妹と私を、旅費・ホテル代等、費用一切を受け持って山形に招待してくれた日のことを思い出す。
山形の従弟夫妻宅で落合い、夕刻はホテルでの会食となる。他人行儀はない。子供時代そのまま「○○ちゃん」と呼び交わしての、心楽しい時を過ごす。
翌日は、祖父母や叔父・叔母が眠る小高い丘に墓参の後、菩提寺を訪う。郷土料理の店に場を移し、住職も交えて会食。妹共々、山形駅まで送って貰い、帰途に着いた。
学生時代の夏休みに至るまで、母や妹と心ゆくまで楽しませて貰った家の周りや河川の景観も、すっかり様変わりしている。死を前に、あんなにまで故郷を懐かしんだ母が見たら、どう想ったであろうか。
幼・少女期、娘時代を過ごした美しい古里。母の瞼に焼きついた生き生きとした記憶そのままに、彼岸の世界に旅立って行ったことを喜ぶことにしよう。
今にして思えば、従弟たちからの贈物の旅は、母の身代りに楽しませて貰ったのかも知れない。