見ないで信ずる者は、幸いである

                         ヨハネによる福音書 第20章19~29節

 

                               加 藤 高 穂

 

決して信じない

 「十二弟子の一人で、デドモと呼ばれているトマスは、イエスが来られた時、彼らと一緒にいなかった。他の弟子たちが、彼に『私たちは主にお目にかかった』と言うと、トマスは彼らに言った、『私は、その手に釘痕を見、私の指をその釘痕に差し入れ、また、私の手をその脇に差し入れてみなければ、決して信じない』」(ヨハネ20:24~25)。

 十字架に磔となって死んだイエス様は、アリマタヤのヨセフが所有する真新しい墓に、慌しく葬られた。そして三日目、日曜日朝のことである。復活された主イエスは、生きるも死ぬもならず、墓前で泣き濡れるマグダラのマリヤに現われ、背後から「マリヤよ!」と、呼びかけられた。思いもよらぬ懐かしい声に、彼女は「先生(ラボニ) !」と、感激の声を発するや、無我夢中でイエス様の胸に飛び込んでいったのである。

 そのマリヤからイエス様復活の知らせを受けた弟子たちであった。だが、あまりにも驚天動地の出来事に、俄かに信じることはできない。そのため、ユダヤ当局の探索に脅え、隠れ家となっていたヨハネ・マルコの母マリヤの家で、堅く戸を閉ざし、息を殺して、身を寄せ合っていた。

 不安と恐れの中で、時はいたずらに過ぎて行く。西の空を赤々と染めながら、太陽が山の向こうに沈むと同時に、この世も奈落の底に落ちて行こうかという時だった。灯りも点さずにいた弟子たちの目の前が、パーッと明るくなり、復活のイエス様が、弟子たちの前に光り輝く姿を現わされたのである。何事かと、驚き畏れる弟子たちに、主は「シャーローム」(平安あれ)と、声を掛け給うた。そして十字架に釘打たれた両手の傷痕と、槍を突き刺された脇の傷を示して、死んだ筈の御自身が、今、現に、甦って、生きていることを、明らかにされたのである。

 それだけでない。復活の生命の息を弟子たちに吹きかけ、「聖霊を受けよ!」と仰せられ、福音宣教の使命を授けられたのだ。

 その刹那、絶望の淵に追い詰められ、死の恐怖に怯えていた弟子たちは、永遠の生命に息づく、天来の力に生かされている自分を知ったのである。今の今まで、自分をがんじがらめに縛り付けていた迫害による死の恐れは、烈風に吹き払われる浮雲のように消え失せてしまった。かわりに広大無辺な自由世界が、目の前に開けたのである。

 丁度、その時だった。エマオ途上で復活の主にお会いしたばかりの、クレオパ夫妻も駆けつけて来たからたまらない。あの屋上の二階座敷から、燃え上がるような熱き讃美が立ち昇ったのである。

 その歓喜渦巻く中、十二弟子の一人、デドモと呼ばれたトマスが、部屋に入って来たのだ。彼は、部屋の空気が、一変しているのに驚いた。弟子たちはと見れば、どの顔も明るく、目をきらきら輝かせ、喜びに溢れている。そして、口々に自分たちは今、復活の主にお会いしたと、語りかけてきたのだ。

 だが、トマスはというと、取り付く島もない。そればかりか、つっけんどんに言い放ったのである。「私は、その手に釘痕を見、私の指をその釘痕に、私の手をその脇に刺し入れてみなければ、決して信じない」。

 

八日の後

 「八日の後、イエスの弟子たちはまた家の内におり、トマスも一緒にいた。戸はみな閉ざされていたが、イエスが入って来られ、中に立って『安かれ』と言われた。それからトマスに言われた、『あなたの指をここにつけて、私の手を見なさい。手を伸ばして私の脇に刺し入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい』。トマスはイエスに答えて言った、『わが主よ、わが神よ』。イエスは彼に言われた、『あなたは私を見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、幸いである』」(ヨハネ20:26~29)。

 「八日の後」、すなわち一週間後の次の日曜日となった。この日、弟子たちは、エルサレムにあるヨハネ・マルコの母マリヤの家に集まっていた。その中には、主イエスの両手を刺し貫いた釘痕に指を、脇の槍傷に手を刺し入れてみなければ信じないと頑なに抗弁したトマスの顔も見える。

 復活の主にお会いした弟子たちは、もうユダヤ当局の探索に怯え臆することはなかった。だが、なぜか戸には閂をかけ、堅く閉ざしていたのである。すると、イエス様が再び現われ、トマスの真ん前に立たれるや、あなたの指を釘痕に、あなたの手を脇に刺し入れてみよと、語りかけられたのだ。

 もう、それだけで十分だった。トマスは思わず床に平伏すと、「わが主よ、わが神よ」と、御霊の貫くまま、湧き上がる讃美に満たされたのである。

 西南学院高校の生徒だった頃、礼拝で歌った讃美歌第243番の一節に「疑い惑うトマスにも」とあった。キリスト教会の長い歴史の中で、早い時期から「疑い深いトマス」と呼びならわされてきたらしい。

 だが、果してそうだろうか。主イエスの墓前で泣き伏すマグダラのマリヤも、三度イエスを否んだペテロも、復活の主イエスにお会いして、信じる者とされたのである。トマスとて変らない。彼が特別に疑い深かった訳ではない。

 なればこそ、「あなたは私を見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、幸いである」とのイエス様のお言葉は、トマスへの語りかけを通して、今に生きる私どもに賜わった、イエス様からの恵みと祝福の贈り物に他ならないと、勿体なく覚えしめられずにおれない。とまれ、デドモと呼ばれたトマスの人となりに思いを馳せると、脳裏に浮かぶことがある。

 

トマスの人となり

 エルサレム郊外、オリブ山南東斜面の小村ベタニヤには、イエス様が愛し給うたマルタとマリヤ姉妹の家があった。その兄弟ラザロが死んだ時のことが、ヨハネ伝第11章に出ている。

 折柄、イエス様はユダヤ当局の迫害を避け、ヨルダン川西岸の地に滞在しておられたが、ラザロ重篤の知らせを受けて、なお二日も動こうとされなかった。そして、ラザロの死を確信すると、弟子たちに「行こう」と声を掛けられたのである。だが、弟子たちは「ユダヤ人らが、先ほどもあなたを石で殺そうとしていたのに、またそこに行かれるのですか」と迫害に怖気づき。尻込みした。

 実際、死んだラザロを甦らせるという御業をなさることが、イエス様を十字架の死に追いやる契機となることを予見したトマスは、殉教を覚悟の上で「私たちも行って、先生と一緒に死のうではないか」と、仲間の弟子たちを鼓舞している。それを思うだに、トマスのイエス様に寄せる情愛の深さと、勇気あふれる熱血漢ぶりが伝わってくる。

 また最後の晩餐の席で、イエス様が「私は父の御許に行く。そこで場所の用意ができたなら、また来て、あなた方を私の所に迎えよう」と語られると、トマスだけが、「主よ、何処へおいでになるのか、私たちには分かりません。どうしてその道が分かるでしょう」(14:5)と、己が無知をさらけ出して、食い下がっている。付和雷同的で、生半可な信実を善しとせず、明確な真理を明らかにして、前向きに生きる真摯なトマスの姿に見習いたい。

 

その後のトマス

 そんなトマスであったが、自前の勇気や知識では、どうしょうもない人間の弱さ、救いがたい罪の身なる己れを徹底的に思い知らされたのが、十字架の主イエス・キリストを見た時だった。かつて、殉教を覚悟し、仲間の弟子たちを鼓舞したトマスも、主イエスの十字架を目の当たりにするや、逃げ出してしまった。

 だが、逃げたトマスが、生まれ変わる時が来る。それは復活の主イエスが、トマスの真ん前に立ち給うた時だった。全身を貫流する主の血潮なる御霊を受けたからである。主イエスの昇天後、彼はインドに渡って伝道。マイラプールで、殉教したと伝えられる。南インドのトマス教会は、彼の働きによる豊かな実りに他ならないと聞くのも嬉しい。