「鶯(うぐいす)」

               加 藤 高 穂

 

     渓流に跳ねて明るき初音かな

 

     父母眠る丘うぐひすの声に明け

 

 江戸時代後期の名僧良寛は、歌人・漢詩人・書家としても知られる。無欲恬淡な性格で、生涯寺を持たず、難しい説法はしなかったという。そして「子供の純真な心こそ誠の仏の心」と受けとめ、子供たちを愛し、日がな一日、かくれんぼや鞠つきをして遊んだ。

 その良寛さんが「鶯のこゑ聞きそむるあしたより春の心になりにけるかも」と詠ったように、鶯は春告鳥とも呼ばれる。

 若き日、鹿児島のカツラ山で開拓伝道をさせて頂いた。早春になると、樹上に姿を見せた鶯が、「ホー、ホケキョ」と、美しい声を山間に響かせていたのを思い出す。今はもう春になったからとて、鶯の声を耳にすることもない。

 だが有難いことに宝満川に流入する山口川上流には、父母の眠る墓がある。例年、ゴールデン・ウイークには、里帰りをした子供たち家族と共に、お墓参りをする。墓前で讃美歌を歌っていると、姿こそ見えないものの林の向うから、歌声に唱和するかのように、鶯が鳴き出すことがある。青空いっぱいに響き渡る美しい囀りは、鶯の縄張り宣言或いは外敵や侵入者に対する威嚇だとも聞くが、この世の邪気を一気に吹き払うような爽快さに溢れている。

 近世になり仏教界では、鳴き声の「ホー、ホケキョ」をもじって「法法華経」「宝法華経」と説いているのも面白い。ただ、何度聞いても「アーメン」とは聞こえないが、主イエス様の愛と平和に満ちた世界の実現を祈らされるばかりである。