「菊の節句」
加 藤 高 穂
宮崎・鹿児島の県境に聳える高千穂峰(標高1574㍍)は、天孫降臨の伝説で知られる。
一歳になる頃、町医者にかかったが、40度を超える高熱が引かない。たまたま家にきた叔父が「これは風邪じゃない。今すぐ東大病院で診て貰え」と母に言った。
そこで初めて小児マヒの診察を受けたのだが、医師は私の名を見るなり、「間抜けだな!」と言ったらしい。名峰「高千穂」の「千」が抜けていると知り、咄嗟に口を突いて出たのだ。さすが、名医の見立てに狂いはない。私はいつも、どこか肝心な所が抜けてしまう。
小学生の頃もそうだった。学校から帰ると、母に言う。
「今度、遠足があるよ」
「いつあるの?」
「知ら―ん」
と答えるや、ランドセルを抛り出すと遊びに飛び出していくといった調子で、とんと要領を得ないのだ。
だから、いつのことだったか定かでない。母の故郷・山形に連れて行かれた。今と違い、当時は二日がかりの長旅である。幼かった妹は、途中、幾度となく「早くお家に帰ろう」と駄々をこね、母を困らせた。しかし、田舎の家に着いてしまうと、嘘のように「帰ろう」のセリフを忘れてしまったらしい。
祖母や叔父夫婦、従兄弟たちとの心楽しい日々は、あっという間に過ぎた。
季節は秋だったのだろう。囲炉裏のある板の間には黄色の食用菊が、辺り一杯に干し並べてあった。菊の豊かな香に包まれた昔を想っていると、「あなた、菊飯が炊けたわよ」と妻の声がした。そうか。きょうは、菊の節句なのだ。
〔2018.9.20.〕