「梅 見」
加 藤 高 穂
朝の日に莟うるめる野梅かな
白壁に紅梅うすき影映し
梅の香を纏ひて娘らの歩み来る
古代の日本人は、自分たちの生命と言葉と自然を、ほとんど一つのものと捉えていたらしい。人々は喜ばしい春の到来を、萌え出る草木の姿に感じて歌に詠んだ。
わが国最古の歌集『万葉集』の中で最も多く歌われているのは、秋の初めに咲く萩で、百四十余首に及ぶ。それに次ぐのが、春の初めに咲く中国渡来の梅の花で、百二十首近いという。
「春さればまづ咲く宿の梅の花ひとり見つつや春日暮らさむ」(巻5・818)と詠ったのは、天平の歌人・山上憶良である。
梅が大陸渡来の樹木だったこともあり、唐風文化に憧れ、それを最上の風流とする貴族たちは、庭園に梅を植え、花を楽しんだ。
また梅を愛でて、酒宴を催すことも屡だったらしい。そうした折々、大宮人たちにとって、梅の花は挿頭や鬘など身につける飾りとして、欠かせぬものだった。
古代貴族の典雅な趣味には縁遠いが、ここ数年、家から程近い水城址で、簡単な弁当を持参し、妻と梅見を楽しんでいる。
「東風吹かばにほひをこせよ梅の花あるじなしとて春なわすれそ」と菅原道真が歌った飛び梅で知られる太宰府とは異なり、人影もまばらだ。花蜜を求めて木から木へ、枝から枝へと飛び交う目白たちの、微かな羽音すらも聞える閑静な場所で、梅の香気に包まれ、ほんの1、2時間ほどの時をのんびり過ごすだけだが、なんとも貴重な早春のひとときとなっている。
2015.3.20.