第3215回 昭和五年 姫路第十師団司令部の写真を鑑賞する。
【岡山県倉敷市】
2024年4月20日土曜日の投稿です。
古写真の部屋 第17話
【前話 第3201回の続きより。】
時代は昭和から平成と過ぎて令和に至り、
古い写真を見て、これがどこで撮影されたのか、
誰なのか解説が出来る人が少なくなっています。
後々の世の為に、わかる範囲で解説を付けておきます。
昭和五年こと、1930年11月15日土曜日に
天皇陛下が、岡山県浅口郡金光町八重山に行幸され、
陸軍の軍事演習を視察されました。
広島第五師団 師団長 寺内寿一 陸軍中将率いる
西軍が金光町に布陣し、対する東軍は、兵庫県姫路市を
拠点とする、姫路第十師団 師団長 本庄 繁 陸軍中将
の部隊が、岡山県倉敷市に高梁川東土手付近展開しました。
本庄 繁 陸軍中将は、倉敷市立萬壽小学校に師団司令部
を置いて、東軍の司令部としたそうです。
上の写真は、現在の万寿小学校の正門のようです。
左右に日章旗を取り付けて、白い布地に第十師団司令部と
墨で書いて、いにも臨時司令部と言う感じが良く出ています。
この写真は、霞橋通行中の東軍部隊とあります。
この部隊は、岡山県岡山市に連隊司令部がある、
岡山歩兵 第十連隊 連隊長 中井武三 陸軍大佐の
部隊の行軍状況の写真です。
今でも、岡山県倉敷市の連島に高梁川にかかる橋が
霞橋【かすみはし】と呼ばれて残されています。
ここを渡って、玉島方面に移動し、西側から天皇陛下
が八重山から練習の様子を統監されたようです。
【次回に続く。】