日馬富士相手に白星
押し出しで土俵下へ
勝っても不機嫌な顔
ハルマ大丈夫か?
休場の選択もあるのだよ!
日馬富士相手に白星
押し出しで土俵下へ
勝っても不機嫌な顔
ハルマ大丈夫か?
休場の選択もあるのだよ!
魁皇相手に黒星
寄り切り
栃ノ心は胸が合わないとチト辛いか
今日は大関の意地を見た感じですな!
ご当地力士は声援があっていいねぇ~
ワラシ達が魁皇ボードを持って応援してるよ!
(´・ω・`)ショボーン
豊真将相手に黒星
張り手を浴びせるも、寄り切りで土俵を割る
先生はこれで1勝2敗
明日は白馬
黒星先行だ・・・
大相撲九州場所(福岡国際センター)2日目の15日、白鵬は稀勢の里に金星を献上し、連勝は63で止まった。白鵬が負けたのは初場所13日目の魁皇戦以来で今年4敗目。白鵬の連続全勝優勝は4で止まり、自身が持つ年間最多勝記録86の更新も今年はなくなった。
◇白鵬との一問一答
--率直な気持ちは。
「もうちょっと行きたかったなあ」という気持ち。
--張り差しは効かなかったようだが。
相撲の流れで、少しスキがあった。
--連勝中と違いはあったか。
途中から慌てたところがあった。勝ちに行った。
--「スキ」とは。
今まで63の白星があった。もう一つ伸ばしてやる、そういうところにスキがあった。
--双葉山の69連勝に届かなかったが。
改めて思うのは(自分の力は)こんなもんじゃないかなと。今日一日、ゆっくり考える。まだ13日あるから(切り替えは)大丈夫。
--土俵を落ちた時に思ったことは。
これが負けか(と思った)。
<毎日新聞より>
インタビューをテレビで見ましたが、心ここにあらずといった感じでしたね~
質問とは関係ない答えが返ってきたり・・・
でもね、1敗しただけなんだよね!
今場所優勝すればいいんだよ
中洲で飲んで気分転換!
土俵入り専用の化粧廻しの登場は今から250年以上前の江戸時代中期。どれも見事な刺繍が施され、それはきらびやかなものだったという。ところがその後、寛政の改革による奢侈(しゃし)禁令(1789年)によって化粧廻しの絵柄は抱え藩の家紋のみといった地味なものへと様変わり。現在のような豪華な化粧廻しが復活するのはそれよりずっと後の明治時代になってからのことである。
当時と今との違いは、化粧廻しに金具を使わなくなったこと。バレンの上に記される後援会や贈り主の名前は、ほとんど金具で作った文字が止め金で貼り付けられていたが、この止め金で足を怪我した力士がいて、現在のようになったのだそうだ。
また、絵柄の刺繍は職人の腕の見せ所といわれているが、最近ではお手軽なミシン縫いも増えてきたんだとか。そんななか昔ながらの手法を貫き、手刺繍にこだわり続けている職人は全国に数人しかいないという。いつまでも巧みの技が途絶えぬよう願うばかりだ。
<goo大相撲 大相撲情報局より>
時代によって化粧回しも変化があるんですね・・・
化粧廻しあれこれ
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