固定電話とか家でんとか言う言葉が わざわざ使われる時代になったなぁ
昭和の半ば、この電話が普及し始めた頃は「うちに電話あるねん」とか「今日 うちに電話くるねん」などと子どもたちはステイタスを自慢する言葉だった
電話のある家はご近所自慢で番号をひけらかし、お隣さんやお向かいさんに「呼び出し」と称して共同使用してたし、黒電話の横には貯金箱を置いて、かける時には一回10円を入れてもらったりしてた
そういえば、電話って玄関にあった
さてさて、そんな時代から少し経ってからのこと
みね子さんの娘が お年頃になると友だち同士の電話が頻繁にかかるようになった
高校のクラスメイト、部活の連絡、遊びに行く約束、今でいう恋バナ…
その頃になるとさすがに黒電話でなくプッシュホンで色はアイボリーの洒落た(当時は)電話に変わっていた
置き場所も玄関じゃなくてリビング
そして、電話のコードがやたらめったら長い
『子機』なんてなかったから、自分の部屋までプッシュホンの電話を引っ張っていくため、無駄に長いコードをつけている
親には内緒の話で盛り上がるため笑
地元の小さな世界で活動しているのと違って、高校生になると広範囲から集まる生徒のために住所と電話番号が記入されたクラス名簿が配布される
今なら考えられない
何かあると名簿の先頭から順番に連絡が回ってくる
まるで伝言ゲームの様で、途中で内容がおかしくなることも多々あって、困ったり笑ったりと楽しい時代だった
で、みね子さんちにも不特定多数のみね子さんの娘の友だちから電話がかかるのだが
「もしもし、〇〇です」と
みね子さんが出ることが絶対的に多い
「連絡です。明日は…」と相手はみね子さんに伝言を伝えてしまう
「あっ ちょっと待ってね。△△と代わるわな」とみね子さん
相手は面食らったように言うらしい
「あっすみません」
この電話のやり取りは、みね子さんの娘が嫁ぐまで頻繁に繰り返された
みね子さんの娘の友だちが声を揃えていうのが
「あんたとお母さんの声、一緒。何回かけてもわからへん」
今の電話回線やスマホなら、絶妙に変わってて、皆間違うことないかなぁ