時系列状況
18:30上野村手前の山中で、
民間車両の検問を開始。
日の入りは、18:40で、そこから1時間
は、山間部の為に真っ暗になりません。
は、山間部の為に真っ暗になりません。
18:50から在空
上野村在空のジャンボ擬装機体に
追従していたファントム2機は、
5分後に埼玉県方面に離脱と目撃
した人達は証言してます。
墜落の直前を、米軍の
C-130輸送機のパイロットが目撃。
「秩父市の西北西約三十キ地点。
飛行機が炎上しながら落下していた」
1985年8月13日付のサンケイ新聞
(大阪本社版)
18:59 東京管制部に 横田から情報が
入った。 『米軍輸送機C130が横田の北西
305度、 34マイルの位置で航空機(JAL
123)が 壁落炎上しているのを確認 この情
報は19時2分までにRCC中央教 雑調整所
など、関係機関に伝えられた。
航空ふぉーらむ、185第27号 15頁
18:59 羽田の航空機救難調本部(RCC)
123便消滅情報入手自衛隊.
警察空自海保航空局に連絡
田空港管制室職員の沖津 俊宗氏が、
炎上について調べているという事が
海外紙に書かれています。
カナダの新聞オタワンチスン紙 8/12版
19:00秩父近くの三峰口(御巣鷹山
直線距離約26km地点)を自衛隊車両
何台も通過。道路封鎖する警官「重要
な物が落ちているので、其の処理が終
わる迄通行止め」
19:01
百里基地司令官が、
RF-4E偵察機を出動させています。
「ファントム偵察機が発進した」
元自衛隊員 町田 英夫氏の証言。
19:10米軍横田基地所属C-130輸送機
現場再到着。基地に一報。
19:20 大阪空港待合室ロビーのテレビが
一二三便の行方不明を報道、出迎え客数人が
テレビにかけより悲鳴をあげる。
1985年8月13日付の読売新聞(大阪本社版)
19:21百里基地所属F-4EJ2機は、
20分旋回後一報。
19:30上野村樽原地区自衛隊進出し信号弾。
20:00上野村三岐待機自衛隊一群到着。
待機命令に反して怪我人救助を急いだ
自衛隊員1人射殺NHKニュース初報。
20:30米軍横田基地所属C-130輸送機
掩護要請で到着した座間基地所属の救難
用ヘリコプターUH-1ラペリング。懸垂
降下開始する。中止命令発動。ヘリコプ
ターへ徹収し基地へ帰投。
「間も無くドーンと言う音が響き山の天辺が
ピンクとオレンジに輝いた。 夕焼けでは無い
し、これは大変な事になったと思った。 間も無
くして、別の飛行機がやって来て、サーチライ
トの様に上空から下を照らしていた」
85年8月13日毎日新聞 梓山 川上 聖氏
墜落の直後、自衛隊のヘリ
85年8月13日毎日新聞 梓山 川上 聖氏
墜落の直後、自衛隊のヘリ
コプター2機が飛んで来た。
(目撃者)
防衛庁
「米軍ヘリが現場上空に
飛来した事実は認められない」
20:42百里基地所属救難用
ヘリコプターKV-107到着。
「山の中腹に炎が10数箇所出ていた。
夜と言っても明るさがあるので山の
稜線がはっきり見えた」
大森 泉一尉電話インタビュー。