「特命戦隊ゴーバスターズ」最終回の感想です。
沢山の間違いとネタバレ、痛い私見をお許し下さい。
作品の放送が後半になり、メサイアが消滅してからのエンター(陣内将さん)は『生きる意味』を求めて戦っているようで、心が痛くなりました。
(←メサイアは自我に目覚め、人間を支配しようとし、亜空間に転送された、巨大なコンピューターです。
エンターは、メサイアによって、転送された人間たちのデータを寄せ集めて作られた、実体の無いアバターです)
私はテレビの前で、エンターに向かって何度も
「生きることに、意味なんて無くてもいいんですよ!」
と心の中で叫んでいました。
(←痛すぎますね。
(´д`;))
そしてエンターは、自分と同じアバターであり、メサイアに飲み込まれ、消滅したエスケイプ(水崎綾女さん)をよみがえらせます。
(←エスケイプは、自分を作り出したメサイアを『パパ』と呼び、一途に慕っていました。
ですがメサイアは、エスケイプと共に生きるつもりなど無く、彼女を『自分の一部』として取り込んでしまったのです)
再生されたエスケイプは、エンターのデータ操作により、すっかり彼に従順になっています。
ですがエンターは、エスケイプと心が通わずに反発していた頃よりも、はるかに孤独になってしまいました。
自分を「パパ・エンター」と呼んで、子供のようになつくエスケイプに苛立ち、武器で傷つけ、消滅させてしまうエンター。
ですが、エスケイプは、すぐに再生され、記憶を無くして笑顔を向けます。
エンターは、彼女をもとの人格に戻そうとしますが、それは不可能でした。
やがてエンターは、この関係に耐えられなくなり、エスケイプのもとを去って行きます。
その後『いいモノ』になるため、あらゆるものと融合を続けたエスケイプは、ブルーバスターたちとの戦いに敗れて消えていきます。
(←エスケイプの最後を見守ったのはリュウジ〔馬場良馬さん〕です。
たとえアバターであっても、身勝手に命や人格を消されたり、再生されたりするエスケイプへの、リュウジの痛みと同情を感じました)
メサイアは、エンターやエスケイプを他者として認めず、エンターは、エスケイプを再生させた責任を負えませんでした。
そして、エンターがメサイアによって、従順なエスケイプがエンターによって作られたとしたら、陣マサト(松本寛也さん)によって作られたのが、バディロイドのJです。
(←映画によると、ニック、ゴリサキ、ウサダたちの人格は、13年前の転送によって、偶発的に生まれたものだそうです)
最終回では、陣とJとの繋がりが、深く心に沁みました。
自分と世界を救う目的があるとはいえ、陣がどれほどJを愛したかが伝わってきました。
亜空間に一人取り残され、孤独の中でJを作り出した陣。
エンターが生きる意味を求め『完璧な者』になろうとするのに対して、陣はロボットに対しても『完璧なんて、つまんねーだろ』と話します。
陣が亜空間にある自分の本体に、ヒロム(鈴木勝大さん)の中に埋められた、エンターのバックアップデータを移す計画を話したとき、すぐに陣が死ぬことを察して、止めるJ。
ですがJは、最後には、陣の意志を守るために戦います。
戦いが終わり、平和を取り戻したとき、Jは森の管理人として働いています。
陣を思いながら、森の中で、小さな木に話しかけるJ。
陣はJを、自分がいなければ、生きられない存在にはしませんでした。
そしてJは、大切な人の死を受け入れて生きていけるほど、陣から沢山の愛を受け取っていたのだと思いました。
まだ続きます。
分かりにくい文章(←いつもですよ)ですみません。
(T△T)