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名古屋大学女子ラクロス部WILLAWSのBLOG

部員紹介や活動について更新しています!

こんにちは。4年の#31みいです。

まず初めに、平素より名古屋大学女子ラクロス部を応援、ご支援してくださる全ての皆様、いつもありがとうございます。この4年間、OGさん、保護者の方をはじめwillawsに関わってくださった全ての皆様のおかげで、日々練習に励み、そしてチーム全員で目標に向かって進んでこれました。心より感謝申し上げます。24willawsでは目標を達成することはできませんでしたが、私たちの思いは後輩達に託します。これからの名古屋大学女子ラクロス部もよろしくお願いいたします。

ついにきてしまった引退ブログ。
最後なので、4年間を振り返ったらとても長く拙い文章になってしまいました。汗
これから私の誇れる同期たちが沢山の思い、素敵なメッセージを残してくれると思いますので、このブログは暇な時に軽ーく、長っと思った方は最後のメッセージだけでも読んでくださると嬉しいです。


「人生初で最後の青春」


ー1年生 ー
初めての連続の1年。

新歓で、“全員初心者からスタート”、“最後の青春”という言葉に惹かれて、当時ofリーダーのももさんや主将のしまさんが文化部出身というお話を聞いて、ラクロスなら頑張り次第で活躍できるかもしれない、自分も先輩達みたいに輝きたい!!
親からの絶対についていけないから辞めときな、の反対を押し切り入部した。
初めての部活生活。初めての団体スポーツ。
やはり、想像以上に現実は厳しかった。人生やり直して、バスケ少女になりたいって何度思ったことか笑。
最初のアップで息が切れてしまうほどの壊滅的な体力。上手くなっていく同期とどんどん開いていく差も感じた。それでも、
“ラクロスは最初の100時間が大事”
この言葉を信じて、基礎だけは誰にも負けないように自主練に絶対行くようにしたり、毎日公園でクレードルしたり、姉練でりむさんに沢山パスキャしてもらった。
12月の新人戦。コロナでサマーがなかったから初めての同期との試合。点決まったらみんなとクロスカツンてできて先輩にも褒めてもらえて純粋に楽しかった。、
結果は準優勝でもちろん悔しかったけど、自分の中ではやりきった気持ちが大きくて涙は出なかった。この時はまだチームの勝ち負けよりも自分ができたかどうかで結果に満足していた。人生初の公式試合、達成感しかなかった。


ー2年生ー
1番伸びた1年。

ありがたいことに年明けの基礎A B分けからA練に入れてもらえてた。基礎は先輩に褒められることが多くて自信があったから嬉しかった。でもAのパススピードや戦術についていけなくて、パニックな日々。先輩からは厳しい指導もたくさんいただいた。"ミスしないように"いつの間にかそれだけを考えて練習するようになっていた。そして、とにかく部活に行くのが怖かった。案の定、Bに落ちた時は納得したし正直ほっとしていた。このB練での日々では自分の得意なプレーを発見できたり、色んなことに挑戦できた。何より忘れかけていたラクロスの楽しさを再確認することができた。(あの時B練の同期、特に4年生の先輩方には何度も救われました、本当に感謝してます。)
同時にAの厳しさは、試合に勝つため、チームの代表としてコートに立つため、今後も強い名大であり続けるためには、絶対に必要なものだったことに気付かされた。そこからはとにかく自分が上手くなって、Aに、先輩達についていくため、期待に応えるため、ラクロス漬けの日々。お陰様でA試合に少しだけ出させてもらえるようになった。
2022.10.9 final。瑞穂の大舞台。
見渡すと満員の応援席。会場の一体感。そらさんのアシストで得点できたこと。4点ビハインドでも大丈夫っていうベンチの総意。同点に追いついた瞬間。4年生の死ぬ気のプレー。サドンビクトリーで決められた瞬間。
全部ではないけど今でもシーンごとにはっきり覚えてます。歴代最強と言われたこのチームなら全学ベスト4も叶えられると心から思った。
でも結果は準優勝。東海制覇の壁の高さ、報われない努力、現実を突きつけられた。
圧倒的で偉大で大好きだった4年生が残してくれたもの、絶対に無駄にしちゃいけない、忘れちゃいけない、そう思った。


ー3年生ー
変われない自分にもがいた1年。

of班として幹部に入った。幹部で仕切っているからには自分ができないといけないというプレッシャー、自分のことだけじゃなくてチームのことも考えないといけない、自分の理想と現実とのギャップに絶望して苦しかった。技術も知識も未熟で分からないことが多いなりに、頑張ってはいたけど色々なことが中途半端になってしまっていたと思う。リーグを通して変われず、4年生やコーチさんにも沢山迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい。
去年は2桁ゲーム、圧勝が当たり前だった予選もヒヤヒヤな展開ばかり。1.2年生を試合経験させてあげられない。去年、どれだけ自由にワンかけさせてもらっていたか、ミスもフォローしてもらっていたのかを痛感した。自分のミスでdfタイムになってしまったり、練習していたofが全く試合で体現できない。流れが悪いのはいつもofのせい。そう思われて当然だった。ずっと課題と言われてきたチームの得点力も最後まで上げられなくて全部自分のせいだと思った。
2023.10.7 final4。
はくさんの先制点。重なるみんなの得点。
この日は今までと違う、名大の流れでこのまま勝てるって本気で思った。でも、前代未聞の南山グラウンドで4年生を引退させてしまう結果。あやさんに良い報告ができなかった。
この1年色んなことがあって、自分で勝手に限界を決めてしまってたんじゃないか、もっとできたんじゃないかってただ後悔が残った。


ー4年生ー
青春の集大成の1年。

ラストイヤーにもなると、同期の覚悟、先輩達が背負ってきたものが段々わかるようになった。今年結果を残すラストチャンス。ずっと強い名大のためにも、今まで自分達が見せてもらった感動する、記憶に残る試合を今の後輩達に絶対に見せてあげたい。この1年は本当にわくわくした。冬のタイトレもどんなに辛い時もみんなで打破ー!って言えば頑張れた。(打破教懐かしい笑)七帝戦で3連覇できなかったり、リーグ前の練習試合で愛教にボロ負けしたり、私がゴーリーセーブばっかすぎてネクストにみんなからシュートって書かれまくった時は本当に焦ったけど。組幹エンゲ中心にチーム全員で誇れる自分、誇れるチームを見つめ直したり、技幹とコーチさん中心に攻め方を試行錯誤したり、あらゆる想定練をしたり。リーグで試合を重ねる度に、新たな課題が出てきて、チーム全体で成長していることを確信していた。
final4の1週間前。
ビハインド想定の練習で、あやさんが4年生が最後決める気はないのか、下級生に任せるのか、みたいなことを言ってくださった時は心に刺さった。2年前の記憶が蘇って当時の4年生の姿を思い出した。そこから自分が決めるんだっていう自覚と責任がより芽生えた。final4は1-4Q今までの試合で1番強気で望めたと思う。今何Qかも、何点差なのかもあまり把握してなくて、こんなに無我夢中でラクロスしたのは初めてかもしれない。いつのまにかビハインドになっていたけど、せらのシュートが決まってから名大の流れがくるって思ったし、最後の最後まで絶対勝てるって自信があったし、決めれる自信もあった。
結果9-10で負けて引退。
正直終わった時は実感がなかった。なんで負けたのかも分からなかった。みんなが号泣していたからつられて涙はちょっと出てきたけどなんの涙かもわからなかった。
みんなのために勝ちたかった試合。これからもっともっと強くなる名大を、歴史が変わる瞬間を、関東打破の瞬間をこのチームでみたかった、沢山の人にみせたかった。結果が全てって今までで痛いほど感じてきたから今年こそは結果で恩返ししたかった。
まだまだ未だに悔しいです。
自分よりも人のために勝ちたいなんて、新人戦の時の私は思ってもいなかったな。
後輩の子が閉会式後、みいさんに金メダルかけてあげますねって言ってくれた。嬉しかった。でも私は同じことを先輩達に言ったのに実現できなかった。後輩のみんな、託したよ。


「これぞ青春」
部活に所属している以上、4年間楽しいことと同じくらい、いやそれよりもっと辛いと感じる時があると思う。私もそうでした。でも、今振り返ると、むしろ良かったんじゃないか、あの辛い時があったから、あの時乗り換えることができたから、今があるって。全部大切で必要な時間だったんだなって心から思います。こんな経験、きっとラクロス部に入ってなかったら味わえなかった。時には辛いことから逃げたこともあった。もう無理かもって何度も思った。でもまた同じようにぶつかる壁が出てくるわけで、それなら最初から向き合っておけばよかった、遅かったって後悔もした。だからみんなには絶対に最後に後悔をしてほしくないから、辛いなと感じてもすぐに逃げずに乗り越えるための行動をして欲しいです。まあでもそんな簡単にこんなこと思えないと思うから、そんな時は一旦逃げる前に周りの人に頼ってほしい。見渡せば本当に温かい人ばかりだし、意外と人から頼られることって嬉しいし、どんなに順調そうな人でも悩みがあることに気づけると思う。もちろん私でよければいつでも相談に乗ります笑
とにかく伝えたかったのは、1人で抱え込まず、辛いことを乗り越えたその先には、必ず頑張ってよかったって思える日がくる。みんなにも、何度つまづいても次から次へと立ちはだかる壁にも挑む原動力の源をみつけてほしいってこと。


ここからメッセージタイム。

コーチさん方へ
お仕事や家庭で忙しい中、毎週ビデミに参加してくださったり、土日練だけでなく、他県の合宿や遠征、そして試合前日やデイキャンプの日には有給をとって、練習にきてくださり本当に感謝しています。あやさん、もえさん、ありまさん、しらさん、こうきさん。最強なコーチさん方と、このチームでラクロスができた日々は本当に幸せでした。こんなにも私たちにかけてくださったのに結果を残せず申し訳ない気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

そして、りほさん。2年前は本当にお世話になりました。りほさんにラクロッサーぽくなってきたって言ってもらえたことが嬉しくてずっと私のモチベーションでした。4年生になって少しは成長した姿を全学の舞台でりほさんに見せたかったです。

OGさんへ
今でもラクロス垢で沢山のアドバイスやメッセージをくださったり、有給を使って遠いところから練習や試合に来てくださったり、応援パックを購入してくださったり、合同練や試合を組んでくださったり、名大女ラクをずっと支えてくださって本当にありがとうございました。今年こそ勝ってOGさんに良い結果を伝えたかったです。

1年生へ
リーグ期間の応援本当にありがとう。みんなの応援はガチで東海1です。私たちの学年と似ていて元気でラクロスバカなみんなが可愛くてしょうがないよ笑。新人戦楽しみだなぁ!

2年生へ
人数が少なくて1人1人の役割が多い中、チームのために動いてくれてありがとう。これからも大変なことが多いと思うけど、一個上に頼ったり、同期と切磋琢磨して頑張ってね!

3年生へ
この1年なんだかんだ3年生が欠かせない存在でした。本当にみんなめちゃくちゃ成長してくれて、ついてきてくれてありがとう。ラストイヤーのみんなに期待してます!

最後に同期へ
4年生になって一人一人がチームのために行動している姿、本当にかっこよくて、誇らしかったです。この学年じゃなかったらここまでこれなかったって本気で思う。それくらいみんなのおかげで頑張れました。みんな大好き!!
あとは手紙で!

以上です!ラクロス人生終わり!
辛いことより今は楽しかった思い出の方が大きいです。
青春の集大成を結果で残すことは出来なかったけど、色々なカタチとして残すことができました。
最高に濃くて幸せな4年間をありがとうございました!!!🌈
関わってくださった全ての皆様に感謝でいっぱいです。











こんにちは!#30のせいです!📣

まずは24willawsを支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。皆様の支えがあってここまで24willawsは今年頑張ることができました。関東打破という目標には届きませんでしたが、来年の25willawsなら今年の雪辱を果たし、より強い名大と成長してくれます。これからも応援よろしくお願いいたします。

さて、引退ブログがついに(?)やってきてしまいました…
同期たちと引退してから「何書こうね〜エヘヘ」と舐めたことを言っていたら、自分の番がもうやってきてしまいました汗汗💦
最後なのでせいの自己満ブログにしたいと思います。🥲

24が始まったライトイヤー。
私はありがたいことにBリーダーという役職をいただいて、3年生までのぬくぬくした環境(?)からBのみんなを引っ張っていく立場になりました。
最初は「わ〜Bリーダーになっちゃった〜🫠」くらいの気持ちでいて(ふざけんなまじで)、去年のBリーダーのりむさんの人望の厚さ、偉大さを知っていたし、Bリーダーの大変さ、責任の重さ、Bのラクロス力の低さの課題も痛いほどわかっていたので「やれるだろうか…」という気持ちでもありました。
正直にいうと4年になってもBにいて、どんどん開いていくAの同期達との差、Bにいたけどすごい努力してAに上がっていった同期達、後輩達との差が今になってこういう風に回ってくるんだなあって。
怪我したあの一年がなかったら、あの時膝を捻ってなかったら、あの手術の後もっと頭作りしとけば、言い訳せずもっと壁当てに行っていれば。
そんなたらればが浮かんでばかりでした。
でも、リーダーを担うことになったのならやるしかないです。言い訳する日々、誤魔化す日々は終わろうと思いました。

毎年のBの課題であるラクロス力の平均値の低さ。これを改善しない限りwillawsチーム全体の底上げには繋がりません。
一概にラクロス力と言ってもいろいろあると思っていて。基礎力などの技術力、組織的な戦術の理解力、ラクロスに対するモチベーションを保つ力、練習に対する熱意。これらが毎年Bには足りないためにAとのメンバー競争が少なかったり、試合において特攻隊となりうる人材が中々出せなかったりしているのが現状でした。

幸い(…?)、自分たちの代はBにも4年生が例年より多く、B幹部のみんなもいたし、支えてくれる仲間はいっぱいいました。色々試行錯誤して練習盛り上げたり(振り返れば発狂していただけでした😇)、自主練課題出したり、ポイント色々工夫してみたり、みんなのおかげで今年一年やりきれたなって感じます。

Bリーグの最後の試合が終わった時にブワァァァって涙が溢れるくらいには思い入れがある一年になりました。

やりきったとはいえ、結局東海Bリーグでは優勝はできなかったし、全学Bリーグも目標にしていた関東打破には届きませんでした。
自分のリーダーシップの無さ、みんなを目標まで引っ張っていけなかった申し訳なさ、Bコーチが中々立てられない中コーチしてくださったあやさん、B練に毎日のように来てくださったBコーチのけんとさん、育成もBも見てくださったとあさん、おちこさん、あんなにいっぱい練習に来てくださったOGさん、ゲストさんに申し訳ないという気持ちでいっぱいでした。
final4が終わって虚無の中、Bリーグでは最後いい形で終わろうとしたのに、やっぱりいつも惜しいところで負ける。悔しい。この一言では言い表せないくらいに色んな気持ちでいっぱいでした。

後輩達、主にBにいるみんなに向けて何か遺言を残すとすれば(どうせ締めミは時間なくて語れないし笑)、腐らず頑張って欲しいってことかな。
いつも言ってるけど、もっとやれるはず。
まじでむっちゃみんなのこと期待してる。本当に可能性しかないよ、まじ。
自分なんて、試合には出れないしなんて言わないで。腐らないで。
みんなの頑張りって意外と周りが見てるから。
でも逆も然りで、どんだけやってないか、向き合ってないかもプレーでわかるよ。
差がつくのは怖いよね、めっちゃわかる。
変わるなら今だよ。自分のペースでいいから、辛かったらいつでも話聞くから。
4年になって、試合が終わって、
「ああ、もっとやっておけばよかった。」
ってなるのが1番きついからね、私がそうだったから。

まだ時間はあるよ。
みんなならできる。
頑張れ。

そして、
Bリーグが終わって引退してからいろんな方にいろんな言葉をいただきました。

わきさんに「腐らずよく頑張り抜いたね」って言ってもらえて、
りむさんに「お疲れ様、よく頑張ったね」って言ってもらえて、
りほさんに「お疲れ様」って言ってもらえて、
みんなに「せいお疲れ様」って言ってもらえて。

人に恵まれて、

環境に恵まれて、

最高で幸せなラクロス人生でした。

ありがとうございました。

#30 せい





こんにちは!#23のよりです

まずは24willawsを支えてくださった皆様、本当にありがとうございました。皆様に恩返しがしたくてここまで走りきることができました。来年からは頼もしい後輩たちが新しいwillawsを引っ張ってくれると思うので、これからも応援よろしくお願いいたします。


Bリーグが終わってから1週間経って、実習後の壁当てとか電車のなかのビデミとかなくなったり、メニュー早くおちないかなーとか思いながら寝たりすることがなくなって引退したことを段々実感してきました。

私は、自分の深い部分の思いを話すのが本当に本当に苦手で今まであんまり話せなかったので、まあ最後だから頑張って書いてみようと思います。笑
最後に伝えたいこと書いたので、自己満の長い4年間の振り返りはとばしてください笑



1年生
はじめはこんなにガチの部活に入るつもりじゃなかったけど、新歓試合をみて、先輩たちのかっこよさに一目惚れして入部を決めた。

それからは、毎日がラクロスでいっぱいになった。
毎日いろんなことができるようになるのが楽しかった。先輩たちや姉のもねさんにほめられるのが嬉しくて自主練とかも頑張った。


B練になかなか入れなかったり、入ってもわりとすぐ落ちたりとか悔しいこともあったけど1年生は割と楽しくやれてたと思う。

新人戦のことはあんまり覚えてないけど笑、でも大勢の同期やれた試合すごく楽しかった感情は覚えてる。
南山に負けたのはまじで悔しかったけど。


2年生
リーグのベンチに入るって目標をたてて始まった1年。
最初は基本Bだったけど、たまにAになったり次の日また落ちたりしてずっとAとBうろうろしてた。

リーグが近づくにつれて、はるとかみいとかせらとかがだんだんAに安定しているようになってきて、でも自分はAを行ったり来たりしててすごく焦った。
Aの同期が練習怖くて行きたくないとかよく言ってたけど、そんなことすらうらやましくてAにいられてるのに愚痴言うなとか、本気でイライラしちゃったり。(さすがにそんな意地悪なことは言えないから言ったことないけど笑)
しかも、その年は毎日メンバー分けが更新されて、メンタル的にもきつかった。
とにかく先輩にパスフォームからなにから教えてもらった。


そしてリーグ後半の愛教戦。ベンチにいれてもらえた
その試合は、ましゅさんが足つったりとかdf陣にとって大変な試合だった?ような気がする。
私以外が全員出て(はるも)、そこでもえさんがかこさんに「かこまで足つったら代わりになれる人がいないから、かこは絶対足つるな」って言ってるのを聞いた。

悔しかった。
自分は来年への育成のために選ばれたのは分かってたけど。かこさんの代わりになるなんておこがましいレベルの実力だったけど。
でもまったく戦力としてカウントされていないのは、ほんとに悔しかった。
ベンチに入るだけじゃダメなんだって、当たり前だけどそのことに気づかされた。


そこからはずっとBのまま。
最強世代だと思っていた先輩たちが、ファイナルで負けた。
みんなよく言ってるけどこの年の開幕戦はすごく記憶に残っててあのときの感動は一生忘れないだろうし、私もこんな試合したいと思ってた。
この年で東海制覇できるって信じてた。


でも負けるんだってなんとなく他人事のような気持ちで思った。もう22でましゅさんかこさんたちと試合することはないんだなって受け入れるのに時間がかかった。

先輩たちの悔しさも自分の悔しさも23で絶対晴らしたいと思った。
来年こそずっとAにいて戦力になる。そう決めた。


3年生
もがき続けて、最後に挫折を味わった1年

23始まって初めてのAB分けも、それからしばらくの期間もずっとBだった。

本当に3年生はリーグちょい前までで安定してAにいられなくて、フィードバックをもとにいろいろ変えてみてもなにを頑張ってもあげてもらえなくて4年間でいちばんしんどい1年だった。

何か変えなければという思いでB幹部にも挑戦した。もちろんBのレベルを上げてAを脅かすBをつくりたいと思っていたけど、Aに上がるための打開策の1つでもあった。
B幹部になれば必然的にラクロスにかける時間が増える。Bのレベルをあげていけば自分もAに近づく。

まじで自己中です笑。あまり仕事もできていなかったし、当時のB幹部のみなさんごめんなさい🙇

でも、それくらいなりふり構わずやってた。本当に必死だった。

なにもうまくいかず、迷惑ばっかかけてもはや思い出したくないつま恋
Aとして試合に出て、南山でスタートになれたでらうま
初めてのBだけの遠征、B幹部として頑張ったしdbもいなかったから全試合フルで出て、終わったあと足がちぎれるかと思うくらい走ったチャレンジカップ
なかなか試合に出られず、予想していなかったところから目標を奪われた七帝戦
七帝戦から焦りまくって、テストの合間を縫いながら壁にいったテスト期間

そして、リーグ期
そのちょい前くらいからだんだん安定してAにいられるようになってきた。
自分のなかでも伸びているのがわかったし自信があった。
試合にはあんまりでられなくて、開幕戦では1分もでられなくて悔しかったりもしたけど。
その焦りもこみで練習も自主練もビデミも頑張った。

チーム的には思うように勝てなくて、あやさんたちからも変われと言われ続けて、得失点もあまりつけられない苦しい試合が続いていた。
予選最後の愛教戦、23始まって以来本当に大事な試合でみんな焦ってたしギアも上がってた。
私もギアを上げて練習した。


でも愛教戦の1週間前。Aから落ちた。
Slackを見たとき本当に心がポキッと折れた音がした。この1年もがき続けてきた頑張りを否定された気がして。
ここまで必死でやってきてそれでもむりならもう私はできない、って思った。なんかどうでもよくなった。
そのあとベンチメンバーに入れるように1週間かろうじて残った5%くらいのモチベーションを奮い立たせて頑張ったけどベンチ入りもできず。

小学校もいれるとこの年まで12年間部活をしたけど、初めて部活をやめたいと思った。
ここまでやって無理なら私は本当にもう無理だって思った。
このことは心の底にこびりついて4年生の1年間いつもどこかで怯えてるくらいにはトラウマになった。

進退迷ってたとき忙しいからって言っててそれも本当だけど、もう無理だって思ったからもある。
それまでの私以上のことができるとは思えなかったし、同じ事が起きるのが怖かった。
そのあとBリーグまでのことはあんま記憶ない笑


そしてBリーグ。
もうラクロスへの意欲はなかったけどB幹部だったし、23最後の試合を不甲斐ないものにするわけにはいかないと思ってた。
最後はその責任感だけだった。
これで私も先輩たちと一緒に引退。最後のラクロスだと思って臨んだ。


けど、そのBリーグが楽しかった笑笑
全部ボロ負けだったけどやっぱり試合って楽しいなって思った。

そっから少し続けることに前向きになって。
だけどリーグ期に実習があることは変わらないから、練習できなくてまた突然Bに落ちたらどうしようとか、キャパ的に大丈夫かとか本当にいろいろ悩んで。


やっぱり続けようと思った。
同期と続ける最終学年のラクロスは楽しいって分かってたし、はるを支えたいと思った。
あと、大好きならてさんに相談したとき、「24で例えば東海制覇を達成して、それを辞めた自分が観客席で見てて、悔しいと思うなら続ければいいし単純に喜べるなら辞めればいい。」って言われて、想像したらしっかり悔しかったし笑


そんなこんなで最終学年。
結局苦しかった1年。

最初の方は結構調子がよかった。

でも春休み、1on1がスランプになった。
私の1on1スランプは定期的に来るけど、今回は特にひどくて。

そっからずっと自分が置いてかれている気がしてた。
自分は全力で走ってるけどその場から全く動いてなくて、ただ疲労していくだけ。でも周りがどんどん前へ進んでいくのがわかる。
その感覚は、最後の最後の練習までずっと続いた。

そしてその時期せりが怪我した。
せりとは2年のころからほとんど同じ立ち位置で、ライバルよりも同志っていう存在。
ほんとにせりがいなかったら頑張れなかったくらい支えてもらってた。
いつ、どっちから言い出したか忘れたけど、2人で言い続けていた目標があって今年こそそれを叶えたいと思ってた。
だから、せりの思いを背負って(これは勝手に言ってる笑)、私が叶えようと思った。

だから、スランプはもどかしかった。
そのまま私は思うように伸びていかず、スタメン落ちしたり、チームは七帝戦で負けたり、練習試合でまったく活躍できずどんどんみんなと差が開いていったり。


うまく行かないままリーグが始まった。


なかなか状況は変わらなかったから、4枚目として、チームになにができるかめちゃくちゃ考えた。3年までの私だったらそんなこと考えずとにかく試合に出たいスタメンなりたいばっかりだったし、もちろんそれも考えてたけど、どうすればチームに貢献できるかをすごーーーく考えた。
Aに託すBのみんなの気持ちを誰よりも分かってるつもりだったから。関東打破の一員になりたかったから。
4年にもなると考えも変わるもんですね笑

考えた結果「よりが控えてるから思う存分やっても大丈夫」と思ってもらえる4枚目になろうと思った。スタメンに思う存分やってもらって、疲れても私がでるから安心してって言えるように。回復したらいい形でつなげられるように。


と思ってたけど、私はこのリーグも何もできなかった。
つなげるどころか、出ても迷惑しかかけない。
自信がどんどんなくなってった。自分が4枚目でいることすら疑った。その場を走り続けて進まない感覚が続きすぎて疲れ切っていた。
でも、弱っていく気持ちから目を背けて蓋をして、次こそ、次こそ、って奮い立たせながらやってた。
チームは関東打破に向けて盛り上がってて、チームとしての自分はめっちゃ盛り上がってる。でも、個人としてはほんとにしんどいみたいな感じ。落差が激しくて。うまく言えないけど。
実習始まって、終わった後15分だけだけど壁当てして、土日は練習あってまあ休めなくてしんどかったけど、ここでやめたらまた出たとき迷惑をかける気がして自分を追い込みながらやっていつの間にかファイナル4


私は結構現実主義でいつもいろんなパターンの未来を考えて生きてたけど、この関東打破を達成することだけは、他のパターンを考えたことがないくらい信じ切っていた。できない理由がなかった。
自分のことは信じられなかったけど、チームのことはどの可能性を考えても関東打破の道筋しかない。
頼もしすぎるみんながいて、信じられないくらいの時間練習して何度もミーティングをして。
24willawsは最強だって信じてた。


負けたのが信じられなかった。
もう関東打破できない。みんなとラクロスができない。
結局私は何もできなかった。


みんなと同じようにしばらく虚無で。
Bリーグを待って引退だと思ってたけど、Bリーグに出ることにした。
迷ったけど、最後だし、この1年の頑張りの落とし所が欲しかったし、やりきりたかったから。

Bリーグの最終試合。4年生でまとめてたくさん出れたの嬉しかった笑
最後の試合終わった後、やりきったなーとか最後まで1点差で終わるのがうちららしすぎるなとかもはや面白くなって笑ってた。
けど、ずっと応援してくれてたAのみんなが、泣きながらこっちきて、お疲れって言ってくれて、4年間苦しかったなとかずっと目背けてた弱った自信なかった気持ちとか、3年最後のトラウマとかでも頑張ったよな終わったんだなとかいろいろあふれてきてめっちゃ泣けた笑


以上が私の4年間です。
こうやって振り返ると4年生以外はずっとABにとらわれてたんだなと思います。笑

でも、楽しかったです。やっぱり。
具体的に楽しい思い出は1つもないし、本当に苦しい4年間だったけど楽しかったです。



後輩のみんなに伝えたいこと。
この部活は、誰1人欠けてもいい存在なんていないということ。もちろん自分も。
4年間でたどり着いた答えです。

ここは人数も多いし、まあ運動部だから当たり前なんだけど本当に実力主義で、自分が埋もれてしまって自分の存在意義がわからなくなることが多いと思う。

Bにいれば、特にリーグ期はA優先でないがしろにされてしまったり、Aサブはベンチにいるだけで私いるかなとか。
私は上から下まで全ての立場を経験したのでわかります。笑


Bで試合でられないとか、幹部みたいなまとめる役職じゃないとか、私いるかなとか思っちゃう人もいると思うし、これから思うこともあると思う。


でも1人1人に存在価値は絶対にあって。
委員会寝坊せずに行ってフラグ飛ばさずにリーグでられるようにしてくれること、
どんな小さな役職でも責任を全うしてくれること、
辛い暑い練習のときに誰よりも声を出してくれること、
プレーをみてアドバイスをくれること、
誰かの悩みを聞いてあげたこと、
姉として姉練すること、
自主練をストーリーに上げること。


そんなことでも十分存在価値です。そういうことがないと部はまわっていかないです。自分にしたらなんでもないことでも、自分じゃなくてもいいって思うことでも誰かからしたら間違いなく支えになっています。
私は4年間みんなのそんな小さなことにずっと支えられてきました。

こんなに大人数なのに1人1人役割があって、誰かが辞めたらどこかが崩れていってしまう。誰1人としてもかけちゃいけないんです。


そしてそんな自分に誇りをもってほしい。
私は、もし24willawsが物語になったら絶対に脇役だけど笑、でも欠けちゃいけない登場人物だったって堂々と思います笑
それくらいみんなが思っていいです。


「誇れる自分に」
これが私の思う答えです。


最後に感謝

まず、関わってくださったすべてのコーチさん方
本当にありがとうございました。最強のコーチさんたちと関われて夢を目指せて光栄でした。恩返しできなくてごめんなさい。ラクロスのこと、チームのありかた、覚悟。たくさんのことを学びました。学んだことを生かしてみなさんのような素敵な大人になれるように頑張ります。


お父さんお母さん
入部のとき、進退迷ったとき、いつも積極的に進めてくれたことはないけど、やると決めためっちゃ応援してくれて、私がベンチに入ってる試合はほぼ全部見に来てくれて、いいって言ってるのに笑強引に車で会場に送ってくれたり。ほんとうにありがとう。試合で活躍してるのはおろか出てるところをほとんどみせられなくてごめんなさい。


後輩のみんな
ついてきてくれてありがとう。みんなが頑張ってるのをみて私も頑張ろうって思ってました。3年生はいつの間にかすごく頼もしくなってるし、2年生もBリーグを見て上手になったなーって思ったし、1年生は新人戦にむけて頑張ってるのすごい。
今年の応援は、ほんとに力になりました。ありがとう。


最後、同期。
この21人だったからこんなに頑張れた。みんなだから関東打破できると思った。大人数なのに特にグループがはっきりすることもなくみんな仲良しであつくて優しくて最高の同期です。みんなからたくさん影響を受けたし、たくさんのことを学びました。ほんとにありがとね。


もう書き残すことないかな。
なんかもう少しある気がするけど、もう十分長いからいっか笑

もう少し試合でたかったなー、もう少しdf上手になれたらなー、結局声出せないdbだったなー、個人の目標なにひとつ達成できんかったなー、コートのなかでgo!打破!win!やってみたかったなー、パロマでアピランしてみたかったなー、関東打破したかったなー

思い残すことはいろいろあるけど、あのときもっとやっとけばっていうことは思わない。やりきった!頑張った!



最高の4年間、ありがとうございました。