こんにちは!
25でスタッフリーダー&TRリーダーを務めました、ななです!
まずはじめに、名古屋大学女子ラクロス部をいつも応援してくださっているみなさま、本当にありがとうございます。willawsを愛してくださる方々、ずっと応援してくださる方々の力がなくては、ここまでチームは成長してこれなかったと思います。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。今後ともwillawsの応援、よろしくお願いします!
ピッピッピーーーー!!!
あれほど聞きたくない音は人生であったのだろうかというくらい、苦しすぎる瞬間でした。
Finalの試合終了を伝える審判のホイッスル、今でも鮮明に頭の中に残っています。
少しでも気を抜いたら、今にも倒れ込みそうで、しばらく結果が信じきれず、、男ラクの試合も応援したい!と思い観客席にいましたが、落ち着いたと思ったらまた涙が流れてきて、まともに試合を見ることもできず時間は過ぎていきました。
今回でアメブロを書くのも最後。
4年生みんなのブログを見ていて、みんなめっちゃくちゃ長くて、たくさん悩んでたくさん考えて、自分の心にしまって頑張ってきたみんなの思いや強さをすごく感じました。私もかなり長くなると思います笑
4年間を振り返ろうと思ったのですが、その前に、、、!!
4年間一緒にwillawsで過ごしてきたものの、同期からAB型で変わっているとよく言われ、最後のナイター運動会でも、「1番謎が多い同期」に選ばれ、真剣に話していても、ここのツボにハマってめっちゃ笑われたり、、という感じでして、かなり変人扱いされてきたので、みんなに話したことない生い立ち(?)を少し書こうと思います笑
締めミでも、高校までは音楽1色だったこと、さらっと話したのですが、 1番のピークは小学校高学年の頃。小学校のクラブに、全国大会常連のマーチングバンドがあり所属していました。毎年さいたまスーパーアリーナである全国大会に向けて鬼の練習で、私はそこで約20kgある楽器を担当していました。ポカリのアド2個分を肩から担いでる状態でマーチングしながら演奏するって感じです笑
平日は毎日、学校が終わったら19:00まで練習、土日の片方は外部体育館で1日練。地域のイベントで演奏することも多く、土日はほとんど潰れてました。
練習では、ほとんど全員で合わせたり、後輩へ教える時間のため自主練必須。家の廊下に62.5cmずつマスキングテープを貼って暇さえあればマーチングの歩幅練習、20kgの楽器に耐えるため毎日筋トレ。鍛えて、なんとこの私がお腹割れてました笑
夏休みはずっと1日練で、1日7〜8時間ぐらい楽器を持ち続け、外部コーチからご指導いただくときは、女ラクのように集散ダッシュ!!楽器の重さも加わり、身体への負荷はとんでもない笑それでもプライドでなんとか耐えてました。でもとうとう限界がきて、足が痛すぎて歩けなくなりました。そこからは練習後に病院で電気治療、両足にテーピング、コルセットをつけて練習…みたいな日々でした。そしてそして、ピアノもすごく大好きで、19:00に練習が終わって家に帰ったら毎日ピアノの練習。1日でも弾かないと指が動かなくなるので、旅行以外は毎日練習してました。コンクール前は、休日に音楽堂でグランドピアノを借りて4〜5時間こもって練習。そんな毎日でした。どうしようもないくらい音楽が大好きで、今思えば、とんでもない生活を送ってたかもです。
スポーツはというと、、とにかく怪我をするなとずっと言われていたので、「とにかくボールから逃げる」をモットーに体育の授業をやっていました笑体育の授業に全力をかけていたメンバーにはほんっとに申し訳なかったです🙇🏻♀️
そんなこんなで、中学高校は吹奏楽部に入り、大学ではどうしよう?となったとき、何か新しいことに挑戦したい!熱い気持ちなれる何かに打ち込みたい!そんなとき出会ったのが女子ラクロス部でした。前置き長すぎてすみません笑
同期のみなさま、これでちょっとは謎多き人ではなくなったでしょうか?笑
プレイヤーを最初めっちゃ推されてて、一瞬傾きかけましたが、、めちゃくちゃオススメされて見に行った新歓試合で、プレイヤーの方々がカッコよすぎる&こんな接触プレーは絶対に自分にできない😃となり100%プレイヤーの道は消えました笑
誘ってくださってた先輩ごめんなさい!!
そしてスタッフとして入部を決めました
人生で初めて、自分がプレイヤー側(音楽)ではなく、スタッフ側になりました。
1年生 22willaws
これはついていけるのだろうか、、と不安でいっぱいでした。
今のような、有給制度や1年生の夏休み1週間オフなども全くなく、かなり今とは違ったチームの雰囲気だったかなあと思います。
ひたすらがむしゃらに、先輩の背中を追いかける毎日でした。
2年生 23willaws
23キックオフから、スタッフの中でタイム班が出来て2年生メンバーからは私が入りました。
練習タイムを、タイム班で回すような形でした。今年の25では2年生プレイヤーが多く、学年構成的にもフレッシュなチームでしたが、23の頃は上級生が多く、ほとんど先輩方でした。
先輩方の練習タイムは、より緊張感がすごくて、ミスなんて絶対できないって思いから、ストップウォッチから目を離すことも出来ず、レスト中も声をかけ続けてたので(先輩方にちゃんと届いてたか微妙笑)特に夏は、水筒を飲むタイミングも分からず死にそうでした笑
結果、さすがに熱中症気味になってしまい、スタッフとして支える側なのに、何やってんだ…という思いと、要領よくできず上手いこと力を抜けない自分の真面目すぎな性格がすごく嫌でした🤦🏻♀️
そしてそして、23キックオフから担当になった備品係。本当にとんでもなかった笑
今のように、各役職に幹部がいるような体制でもなく、1個上の先輩で備品係を担当していた、偉大な、るりはさんもやめてしまって😢新2年生メンバーのみの備品係がスタート
備品もよく分からないまま、シフトを組む必要があって、、最終チェックして貰う先もない体制でした。持ち帰りの日も、当日欠席があったりとなかなか完璧に全員が持ちかえるって難しいんですよね、、きっと毎年備品運びを頑張ってくれる後輩メンバーも感じたはず🥹
交代の人が見つかっていればいいものの、見つからず取り残されていると大問題笑
ミスが無ければ目立たない仕事
ひとつでも何か忘れ物があると、備品係に集中砲火🔥相談出来るとこもなく、いつも家で泣いてました。
何でもさらっと器用にできるタイプではない&とんでもなく心配性&色々真面目すぎる性格ゆえ、悩むこともどんどん増えて、、
そしてみんなに悩みを吐き出せるようなタイプでもなく、上手に相談出来るようなタイプでもなく、何度も何度も、もう部活やめようって思っていました。
今でさえ、同期に悩んでるんだよねって1ワード言うのもめっちゃ勇気が必要で、中身をいうとなればメモに書かないと話せないです😇どうしてこんなにガチガチな性格なのやら笑
もうやめようってかなり覚悟を決めて、少しだけLINEで同期スタッフに思いを伝えたとき、頼りすぎててごめん、1回ちゃんと話したいってみんなが言ってくれて、そこで踏みとどまりました。同期のスタッフのみんながいなければ、ここまで続けられてないです。ほんとにいつもいつもありがとう
そして、24willawsスタート
3年生で、TRリーダーに任命されました
ここから本格的にTR人生スタート
正直やりたくなかったです。
なぜなら、テーピングもほぼ巻いたことがなく分からなかったから。私なんかがリーダーで大丈夫ですか、、?と思っていました。
リーダーということは、自分が仕切っていかなければいけない。知識をつけてTRに情熱をもって、自分だけの成長ではなく、TR全員がやりがいをもって活動できるようなチームにしていかなきゃいけない。そう思っていた矢先、チームでACLの怪我が起きてしまいました😢
今でこそ、悲しいことにACLのけが人が複数人いるため、25のスタッフメンバーにとっては、多分1年生も含めなんとなく分かるかなって思うのですが、3年生のときはACLって言葉も初耳状態でした。
不安しかない状態で、どうやってTRチームとして底上げしていくかを考えて、藤本さんに講習会をお願いして開催したり、、先輩にもテーピングを見てもらう会を頼んで、全員で教えてもらう機会を作り出したり。ACLに関しては、藤本さんのテーピング動画をとって、ポイントを言語化して落として共有したりしていました。
さいにしを朝練前に急遽呼んで、プレイヤーにも頼んで来て貰って、実践形式でポイントを伝えるみたいな日もありました。
弱音なんて吐いてる場合ではなく、TRリーダーとして、出来ない分からないは、許されないしありえない。自分だけじゃなくて、TRチームとして成長しなきゃいけないと日々考えていました。
ちょうど、24からスタッフの役割も完全に専門性で分けるようになり、もっとTRとして取り組めることはないかと考えて始めたのが、ポカリタイムでした。熱中症対策で、なんとかポカリをプレイヤーに飲んでもらいたくて、考案しました。(それまでは、水筒にポカリを入れたくないプレイヤーは、ポカリを飲んでませんでした🥹)実はTRとしてのやりがいUPにも繋がってくれるといいな、、という気持ちもありました。
そしてとうとうラストイヤー
25willawsが始まりました
ラストイヤーではスタッフリーダー、2年目TRリーダーを兼任することになりました。不安しかありませんでした。
なんとなく私の学年も含め、そうさん、やまさんの学年も理系メンバーが多くて。さらに研究室や実習がある先輩も多く、例年スタッフの人数カツカツ問題は発生していました。さらに例年問題となる当日欠席もどうしてもあるため、なかなか人数が揃わない日も多く、かなり難しい問題でした😵💫
今年も、4年生が6人いるとは言えど、全員理系で研究室or実習がある。
そこで、マンパワーの主力となってくるのは新2.3年生。でも今年は新3年生が0人。そして新2年生も色々あって最終的に3人。今ではスタッフ転向のメンバーも増えましたが、うたは半年ぐらい留学頑張ってたので、実質新2年生はもならな2人の時間が多かったと思います。
新2.3年生で参加するつま恋、もならなよく2人で頑張ったね🥹
そんな中始まった25で
私が掲げた個人目標は「思いを伝え続けること」
例年にない構成のスタッフチームを作っていかなきゃいけない。
方向性がバラバラになってはまとまらない。
心のなかで思っているだけでは伝わらない
どのタイミングで何を伝えるか、誰に伝えるべきか、伝えたい内容はみんなが理解しやすくなっているか、どうやってみんなで話す時間を作るのか
そんなことを考えていたら、寝ても覚めてもwillaws1色になっていきました。
3.4時間の練習に向けて、残りの20時間をどう使うか、どんな準備をしていくかを常に考えていました。
特に思いを伝えるなかで、どんなスタッフチームにしたいか、willawsの一員として、スタッフの仕事にプライドをもってほしいこと
をよく伝えてきました。そのとき、常に意識してたのは、スタッフ部にならないこと。
私の理想は、スタッフとプレイヤーが求め合えるような関係性を作ることでした。
こういう改善がしていきたい、プレイヤーにはこんな思いがある、こういう希望がある、その思いも汲み取りつつ、どうやったらもっとより良くなるのか、チーム力があがっていくのか、そこをずっと考え続けた1年でした。
特に幹部プレイヤーは、幹ミのとき私のスピーチのように長い相談をいっぱい聞いてくれました。ありがとう
プレイヤーからの意見も伝えてくれて、スタッフの思いもちゃんと理解してくれる姿勢を持ち続けてくれてすごく嬉しかったです。
プレイヤーからの貴重な意見を伝えるときも、どうやったらスタッフみんなに理解して貰えるか自分の中で噛み砕いて、沢山考えぬいた言葉を月イチのスタッフミーティングで伝えるようにしていました。
そして、スタッフがプレイヤーを支える存在であり続けるように、練習中はスタッフメンバーのことも俯瞰して見るのを意識していました。
夏の練習、スタッフが倒れていては元も子もないので、特に後輩スタッフメンバーが水分補給できているか、ビデオを長めにやっているスタッフには、氷を握るように渡しに行ったりなどなど。
心配性な性格ゆえ、ほんとにこれで大丈夫なのかと365日考える日々でした。
練習だけでなく、試合のベンチにもこだわりました。試合タイムの復唱方法も、幹部プレイヤーと話し合いながら変えてMGと連携、タイム版はもっと見やすいように、れおが提案してくれた脚立を導入。TRのベンチの動き方も、他大スタッフの子から指摘されて見直したり。多方面からの意見を柔軟に取り入れて、プレイヤーが求める、よりよいベンチになるよう冬の時期から話し合っていました。
プレイヤーと話し合いを重ねて準備をしていく時間がすごく楽しかったです。
~TRリーダーとして~
去年から取り入れたポカリタイムは継続!
今年のミニ水筒、かなり好評をいただけまして嬉しかったです!
そして、、例年課題として挙がっていたフィジカルに対してなんとかアプローチをしたかった。そこで沢山調べてたどり着いたのが、willawsでもウエイトに取り組む&フィジカルの時間をリーグも継続的に取り入れてもらう
でした。
まずは、長文のフィジカルへの思いを幹部に伝えて、幹部プレイヤーからも賛同をいただき、0からなんとかやるしかない!と、れあと一緒にスタートしました。
全くウエイトに縁のないチームだったため、まずはウエイトとは何かを伝える必要がある
藤本さんに講習会を頼むにしても、ウエイト器具がない、、何とか頼み込んで他部活の方から貸していただき、講習会を開催しました。
その後はどうしたら、フィジカルのモチベを高めていけるかを考え、毎月ランキングを出してプレゼントを用意することにしました🎁
私も来月は誰かな〜って楽しみながらやってました笑
ウエイトが習慣化できた!はまってきた!ウエイトやりだして足はやくなった!そんな言葉を聞くと、私まですごくすごく嬉しかったです。
さらには、七帝戦でも今年の名大はフィジカル強いね〜と言っていただけたり、プレイヤーが褒められていると、ニヤニヤしちゃうぐらい私まで嬉しくて、心のなかでガッツポーズしてました笑
みんなすごいよほんとにすごいよっていつもいつも思ってました。
他のフィジカルメニューも、今の名大の状況に合うのは何かを追求しました。ここれお、れあと相談したり、武者にいって沢山聞き込み調査をして、名大verのメニューを藤本さんと相談しながら作成していきました。
リーグを終えて、フィジカルが敗因として挙がらなかったこと、藤本さんにも客観的にみて、4Q通して走りきれていたと言っていただけたこと、何よりも嬉しかったです。みんなの頑張りの成果でしかありません😭
~審判活動~
とにかくファールのせいで負けてしまうことは避けたい。そんな思いで色んな審判さんのスカウをしたり、今年の傾向を掴んだり、もっと声掛けすればよかった、、という後悔もしたくなかったのでベンチでも声かけしまくりました。
特に、同期のれおには冬の時期からくどいほどクロス振らない押さない!と言いまくってました。Final終わったあと、自分でわざと取りにいったファール以外はとられてないよ😁って伝えてくれてめちゃくちゃ嬉しかったです。
しかしながらFinal、イエローレッドが出てしまい、あの瞬間は忘れられません。
翌日泣きながら20回以上見直しました。
何度も見返した結果、残念ながらどうしてあの判断になったのか、自分の中で腑に落ちました🥲
最後の最後にはなりますが、、
私の裏目標は絶対部停にしないでした🔥
大きめのゴミ袋があることを当たり前にして、ゴミチェック、グラウンドチェック、定期的に部室の状況把握もするようにしていました。
そしてwillawsの飲み会では酔わない!いや、謎の責任感で部停が怖すぎて、酔えなかったです笑
部停になることなく25を終えることが出来てほんとによかった😮💨
プレイヤーのみんなへ
みんなの頑張る姿が私の原動力でした
もはやwillaws全員が私の推しです🫶
プレイヤーが練習や試合に熱中している姿は、キラキラしてて、その瞬間が、怪我をしたり足をつったりファールのせいで途切れてしまうことだけは本当に避けたくて。そんな思いで考えに考え続けた1年でした。
後輩スタッフのみんなへ
今まで本当にありがとう。
25を最後まで走り抜けられたのは、みんな一人ひとりが欠かせない戦力で、本当に頼もしい存在だったからだと思っています。
今後も大変なこともあるけれど、部活でしか味わえない楽しさ・やりがいも、きっとたくさん見つかるはず!ずっと応援しています💌
スタッフ同期へ
みんながいなければ4年間やってこれませんでした。本当に今までありがとう。そしてこれからもよろしくね🥹
特に3年後期からは実習が始まり、どうしても部活に行けない日もあって、申し訳なかったです。
そして、夏の院試に向けて春休みから院試勉強をスタート
医療英単語帳を電車で読みながら部活に向かって、(知らぬ間に目が閉じててよく落としてました笑)部活に行くと、電車の時間などで前後トータル4時間はあっという間に過ぎていくため、他の受験生との勉強時間の差を埋めることに必死でした。その結果、常に寝不足なのはもう避けることが不可能で、絶対に朝練起きれないような時間まで勉強する日々だったため、床で寝る生活が始まりました。
こんなこと誰にも言えないと思っていたら、同じ人いました😂にし〜!笑
お泊まりにいったとき、やってることが同じすぎてめちゃくちゃ驚きました笑
偉大なスタッフの先輩方
試合にも足を運んでくださって、本当にありがとうございました!先輩方が築いてくださったスタッフチーム、たくさんの教えがあったからこそ、今の自分たちがあると思います。教えてくださった言葉だけでなく、練習中の先輩方の姿から学ばせていただいたことも数えきれません✨️
コーチさんへ
willawsに沢山の貴重な時間を割いてくださり、ありがとうございました。スタッフに対しても的確な指摘をいただけたり、スタッフの思いも親身に聞いてくださって、本当に感謝しています。本当にありがとうございました。
家族へ
特にお母さんには、本当に頭があがりません🙇🏻♀️ほんとに感謝してます。
床で寝る私の姿を見て、常に呆れられていましたが笑
朝練いつも起きてくれていました。沢山の送迎もありがとう。
スタッフで、試合に出ることも絶対ないのに、3年生ぐらいから試合を見に来てくれて、ラストイヤーはほぼ全部試合を見に来てくれていました。
いつしか、顔とコートネーム、背番号まで覚えていて驚きました笑
家でどれだけ泣いていても、やめたくないって思いがあることを1番理解してくれていて、お母さんの存在がなくては続けられませんでした。限界すぎて、泣きたくても涙すら出ない時期もあって、しんどすぎる日々もなんとか乗り越えられました。本当にありがとう。
弟へ
愛知に帰省してくると、姉が床で寝ていたり、泣いていたり、訳が分からなかったでしょう笑
今年の七帝戦、家に泊めてくれてありがとう
ここまで続けてこられたのは、恵まれた環境があったからこそだと思います。本当に感謝しています。
とてつもなく長文のブログを読んでくださり、ありがとうございました🙇🏻♀️
25スタッフリーダー なな

















