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名古屋大学女子ラクロス部WILLAWSのBLOG

部員紹介や活動について更新しています!

こんにちは!
25でスタッフリーダー&TRリーダーを務めました、ななです!

まずはじめに、名古屋大学女子ラクロス部をいつも応援してくださっているみなさま、本当にありがとうございます。willawsを愛してくださる方々、ずっと応援してくださる方々の力がなくては、ここまでチームは成長してこれなかったと思います。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。今後ともwillawsの応援、よろしくお願いします!




ピッピッピーーーー!!!

あれほど聞きたくない音は人生であったのだろうかというくらい、苦しすぎる瞬間でした。
Finalの試合終了を伝える審判のホイッスル、今でも鮮明に頭の中に残っています。

少しでも気を抜いたら、今にも倒れ込みそうで、しばらく結果が信じきれず、、男ラクの試合も応援したい!と思い観客席にいましたが、落ち着いたと思ったらまた涙が流れてきて、まともに試合を見ることもできず時間は過ぎていきました。


今回でアメブロを書くのも最後。
4年生みんなのブログを見ていて、みんなめっちゃくちゃ長くて、たくさん悩んでたくさん考えて、自分の心にしまって頑張ってきたみんなの思いや強さをすごく感じました。私もかなり長くなると思います笑

4年間を振り返ろうと思ったのですが、その前に、、、!!
4年間一緒にwillawsで過ごしてきたものの、同期からAB型で変わっているとよく言われ、最後のナイター運動会でも、「1番謎が多い同期」に選ばれ、真剣に話していても、ここのツボにハマってめっちゃ笑われたり、、という感じでして、かなり変人扱いされてきたので、みんなに話したことない生い立ち(?)を少し書こうと思います笑

締めミでも、高校までは音楽1色だったこと、さらっと話したのですが、 1番のピークは小学校高学年の頃。小学校のクラブに、全国大会常連のマーチングバンドがあり所属していました。毎年さいたまスーパーアリーナである全国大会に向けて鬼の練習で、私はそこで約20kgある楽器を担当していました。ポカリのアド2個分を肩から担いでる状態でマーチングしながら演奏するって感じです笑
平日は毎日、学校が終わったら19:00まで練習、土日の片方は外部体育館で1日練。地域のイベントで演奏することも多く、土日はほとんど潰れてました。




練習では、ほとんど全員で合わせたり、後輩へ教える時間のため自主練必須。家の廊下に62.5cmずつマスキングテープを貼って暇さえあればマーチングの歩幅練習、20kgの楽器に耐えるため毎日筋トレ。鍛えて、なんとこの私がお腹割れてました笑
夏休みはずっと1日練で、1日7〜8時間ぐらい楽器を持ち続け、外部コーチからご指導いただくときは、女ラクのように集散ダッシュ!!楽器の重さも加わり、身体への負荷はとんでもない笑それでもプライドでなんとか耐えてました。でもとうとう限界がきて、足が痛すぎて歩けなくなりました。そこからは練習後に病院で電気治療、両足にテーピング、コルセットをつけて練習…みたいな日々でした。そしてそして、ピアノもすごく大好きで、19:00に練習が終わって家に帰ったら毎日ピアノの練習。1日でも弾かないと指が動かなくなるので、旅行以外は毎日練習してました。コンクール前は、休日に音楽堂でグランドピアノを借りて4〜5時間こもって練習。そんな毎日でした。どうしようもないくらい音楽が大好きで、今思えば、とんでもない生活を送ってたかもです。

スポーツはというと、、とにかく怪我をするなとずっと言われていたので、「とにかくボールから逃げる」をモットーに体育の授業をやっていました笑体育の授業に全力をかけていたメンバーにはほんっとに申し訳なかったです🙇🏻‍♀️

そんなこんなで、中学高校は吹奏楽部に入り、大学ではどうしよう?となったとき、何か新しいことに挑戦したい!熱い気持ちなれる何かに打ち込みたい!そんなとき出会ったのが女子ラクロス部でした。前置き長すぎてすみません笑
同期のみなさま、これでちょっとは謎多き人ではなくなったでしょうか?笑

プレイヤーを最初めっちゃ推されてて、一瞬傾きかけましたが、、めちゃくちゃオススメされて見に行った新歓試合で、プレイヤーの方々がカッコよすぎる&こんな接触プレーは絶対に自分にできない😃となり100%プレイヤーの道は消えました笑
誘ってくださってた先輩ごめんなさい!!
そしてスタッフとして入部を決めました
人生で初めて、自分がプレイヤー側(音楽)ではなく、スタッフ側になりました。


1年生 22willaws
これはついていけるのだろうか、、と不安でいっぱいでした。
今のような、有給制度や1年生の夏休み1週間オフなども全くなく、かなり今とは違ったチームの雰囲気だったかなあと思います。
ひたすらがむしゃらに、先輩の背中を追いかける毎日でした。


2年生 23willaws
23キックオフから、スタッフの中でタイム班が出来て2年生メンバーからは私が入りました。
練習タイムを、タイム班で回すような形でした。今年の25では2年生プレイヤーが多く、学年構成的にもフレッシュなチームでしたが、23の頃は上級生が多く、ほとんど先輩方でした。
先輩方の練習タイムは、より緊張感がすごくて、ミスなんて絶対できないって思いから、ストップウォッチから目を離すことも出来ず、レスト中も声をかけ続けてたので(先輩方にちゃんと届いてたか微妙笑)特に夏は、水筒を飲むタイミングも分からず死にそうでした笑
結果、さすがに熱中症気味になってしまい、スタッフとして支える側なのに、何やってんだ…という思いと、要領よくできず上手いこと力を抜けない自分の真面目すぎな性格がすごく嫌でした🤦🏻‍♀️

そしてそして、23キックオフから担当になった備品係。本当にとんでもなかった笑
今のように、各役職に幹部がいるような体制でもなく、1個上の先輩で備品係を担当していた、偉大な、るりはさんもやめてしまって😢新2年生メンバーのみの備品係がスタート

備品もよく分からないまま、シフトを組む必要があって、、最終チェックして貰う先もない体制でした。持ち帰りの日も、当日欠席があったりとなかなか完璧に全員が持ちかえるって難しいんですよね、、きっと毎年備品運びを頑張ってくれる後輩メンバーも感じたはず🥹
交代の人が見つかっていればいいものの、見つからず取り残されていると大問題笑

ミスが無ければ目立たない仕事
ひとつでも何か忘れ物があると、備品係に集中砲火🔥相談出来るとこもなく、いつも家で泣いてました。

何でもさらっと器用にできるタイプではない&とんでもなく心配性&色々真面目すぎる性格ゆえ、悩むこともどんどん増えて、、
そしてみんなに悩みを吐き出せるようなタイプでもなく、上手に相談出来るようなタイプでもなく、何度も何度も、もう部活やめようって思っていました。
今でさえ、同期に悩んでるんだよねって1ワード言うのもめっちゃ勇気が必要で、中身をいうとなればメモに書かないと話せないです😇どうしてこんなにガチガチな性格なのやら笑

もうやめようってかなり覚悟を決めて、少しだけLINEで同期スタッフに思いを伝えたとき、頼りすぎててごめん、1回ちゃんと話したいってみんなが言ってくれて、そこで踏みとどまりました。同期のスタッフのみんながいなければ、ここまで続けられてないです。ほんとにいつもいつもありがとう




そして、24willawsスタート
3年生で、TRリーダーに任命されました
ここから本格的にTR人生スタート
正直やりたくなかったです。

なぜなら、テーピングもほぼ巻いたことがなく分からなかったから。私なんかがリーダーで大丈夫ですか、、?と思っていました。

リーダーということは、自分が仕切っていかなければいけない。知識をつけてTRに情熱をもって、自分だけの成長ではなく、TR全員がやりがいをもって活動できるようなチームにしていかなきゃいけない。そう思っていた矢先、チームでACLの怪我が起きてしまいました😢
今でこそ、悲しいことにACLのけが人が複数人いるため、25のスタッフメンバーにとっては、多分1年生も含めなんとなく分かるかなって思うのですが、3年生のときはACLって言葉も初耳状態でした。
不安しかない状態で、どうやってTRチームとして底上げしていくかを考えて、藤本さんに講習会をお願いして開催したり、、先輩にもテーピングを見てもらう会を頼んで、全員で教えてもらう機会を作り出したり。ACLに関しては、藤本さんのテーピング動画をとって、ポイントを言語化して落として共有したりしていました。
さいにしを朝練前に急遽呼んで、プレイヤーにも頼んで来て貰って、実践形式でポイントを伝えるみたいな日もありました。
弱音なんて吐いてる場合ではなく、TRリーダーとして、出来ない分からないは、許されないしありえない。自分だけじゃなくて、TRチームとして成長しなきゃいけないと日々考えていました。
ちょうど、24からスタッフの役割も完全に専門性で分けるようになり、もっとTRとして取り組めることはないかと考えて始めたのが、ポカリタイムでした。熱中症対策で、なんとかポカリをプレイヤーに飲んでもらいたくて、考案しました。(それまでは、水筒にポカリを入れたくないプレイヤーは、ポカリを飲んでませんでした🥹)実はTRとしてのやりがいUPにも繋がってくれるといいな、、という気持ちもありました。


そしてとうとうラストイヤー
25willawsが始まりました

ラストイヤーではスタッフリーダー、2年目TRリーダーを兼任することになりました。不安しかありませんでした。

なんとなく私の学年も含め、そうさん、やまさんの学年も理系メンバーが多くて。さらに研究室や実習がある先輩も多く、例年スタッフの人数カツカツ問題は発生していました。さらに例年問題となる当日欠席もどうしてもあるため、なかなか人数が揃わない日も多く、かなり難しい問題でした😵‍💫

今年も、4年生が6人いるとは言えど、全員理系で研究室or実習がある。
そこで、マンパワーの主力となってくるのは新2.3年生。でも今年は新3年生が0人。そして新2年生も色々あって最終的に3人。今ではスタッフ転向のメンバーも増えましたが、うたは半年ぐらい留学頑張ってたので、実質新2年生はもならな2人の時間が多かったと思います。
新2.3年生で参加するつま恋、もならなよく2人で頑張ったね🥹




そんな中始まった25で
私が掲げた個人目標は「思いを伝え続けること」 

例年にない構成のスタッフチームを作っていかなきゃいけない。
方向性がバラバラになってはまとまらない。

心のなかで思っているだけでは伝わらない
どのタイミングで何を伝えるか、誰に伝えるべきか、伝えたい内容はみんなが理解しやすくなっているか、どうやってみんなで話す時間を作るのか

そんなことを考えていたら、寝ても覚めてもwillaws1色になっていきました。
3.4時間の練習に向けて、残りの20時間をどう使うか、どんな準備をしていくかを常に考えていました。

特に思いを伝えるなかで、どんなスタッフチームにしたいか、willawsの一員として、スタッフの仕事にプライドをもってほしいこと
をよく伝えてきました。そのとき、常に意識してたのは、スタッフ部にならないこと。
私の理想は、スタッフとプレイヤーが求め合えるような関係性を作ることでした。
こういう改善がしていきたい、プレイヤーにはこんな思いがある、こういう希望がある、その思いも汲み取りつつ、どうやったらもっとより良くなるのか、チーム力があがっていくのか、そこをずっと考え続けた1年でした。
特に幹部プレイヤーは、幹ミのとき私のスピーチのように長い相談をいっぱい聞いてくれました。ありがとう
プレイヤーからの意見も伝えてくれて、スタッフの思いもちゃんと理解してくれる姿勢を持ち続けてくれてすごく嬉しかったです。

プレイヤーからの貴重な意見を伝えるときも、どうやったらスタッフみんなに理解して貰えるか自分の中で噛み砕いて、沢山考えぬいた言葉を月イチのスタッフミーティングで伝えるようにしていました。

そして、スタッフがプレイヤーを支える存在であり続けるように、練習中はスタッフメンバーのことも俯瞰して見るのを意識していました。
夏の練習、スタッフが倒れていては元も子もないので、特に後輩スタッフメンバーが水分補給できているか、ビデオを長めにやっているスタッフには、氷を握るように渡しに行ったりなどなど。

心配性な性格ゆえ、ほんとにこれで大丈夫なのかと365日考える日々でした。
練習だけでなく、試合のベンチにもこだわりました。試合タイムの復唱方法も、幹部プレイヤーと話し合いながら変えてMGと連携、タイム版はもっと見やすいように、れおが提案してくれた脚立を導入。TRのベンチの動き方も、他大スタッフの子から指摘されて見直したり。多方面からの意見を柔軟に取り入れて、プレイヤーが求める、よりよいベンチになるよう冬の時期から話し合っていました。
プレイヤーと話し合いを重ねて準備をしていく時間がすごく楽しかったです。

~TRリーダーとして~
去年から取り入れたポカリタイムは継続!
今年のミニ水筒、かなり好評をいただけまして嬉しかったです!




そして、、例年課題として挙がっていたフィジカルに対してなんとかアプローチをしたかった。そこで沢山調べてたどり着いたのが、willawsでもウエイトに取り組む&フィジカルの時間をリーグも継続的に取り入れてもらう
でした。

まずは、長文のフィジカルへの思いを幹部に伝えて、幹部プレイヤーからも賛同をいただき、0からなんとかやるしかない!と、れあと一緒にスタートしました。
全くウエイトに縁のないチームだったため、まずはウエイトとは何かを伝える必要がある
藤本さんに講習会を頼むにしても、ウエイト器具がない、、何とか頼み込んで他部活の方から貸していただき、講習会を開催しました。
その後はどうしたら、フィジカルのモチベを高めていけるかを考え、毎月ランキングを出してプレゼントを用意することにしました🎁






私も来月は誰かな〜って楽しみながらやってました笑

ウエイトが習慣化できた!はまってきた!ウエイトやりだして足はやくなった!そんな言葉を聞くと、私まですごくすごく嬉しかったです。
さらには、七帝戦でも今年の名大はフィジカル強いね〜と言っていただけたり、プレイヤーが褒められていると、ニヤニヤしちゃうぐらい私まで嬉しくて、心のなかでガッツポーズしてました笑
みんなすごいよほんとにすごいよっていつもいつも思ってました。

他のフィジカルメニューも、今の名大の状況に合うのは何かを追求しました。ここれお、れあと相談したり、武者にいって沢山聞き込み調査をして、名大verのメニューを藤本さんと相談しながら作成していきました。
リーグを終えて、フィジカルが敗因として挙がらなかったこと、藤本さんにも客観的にみて、4Q通して走りきれていたと言っていただけたこと、何よりも嬉しかったです。みんなの頑張りの成果でしかありません😭


~審判活動~
とにかくファールのせいで負けてしまうことは避けたい。そんな思いで色んな審判さんのスカウをしたり、今年の傾向を掴んだり、もっと声掛けすればよかった、、という後悔もしたくなかったのでベンチでも声かけしまくりました。
特に、同期のれおには冬の時期からくどいほどクロス振らない押さない!と言いまくってました。Final終わったあと、自分でわざと取りにいったファール以外はとられてないよ😁って伝えてくれてめちゃくちゃ嬉しかったです。

しかしながらFinal、イエローレッドが出てしまい、あの瞬間は忘れられません。
翌日泣きながら20回以上見直しました。
何度も見返した結果、残念ながらどうしてあの判断になったのか、自分の中で腑に落ちました🥲


最後の最後にはなりますが、、
私の裏目標は絶対部停にしないでした🔥
大きめのゴミ袋があることを当たり前にして、ゴミチェック、グラウンドチェック、定期的に部室の状況把握もするようにしていました。
そしてwillawsの飲み会では酔わない!いや、謎の責任感で部停が怖すぎて、酔えなかったです笑
部停になることなく25を終えることが出来てほんとによかった😮‍💨



プレイヤーのみんなへ
みんなの頑張る姿が私の原動力でした
もはやwillaws全員が私の推しです🫶

プレイヤーが練習や試合に熱中している姿は、キラキラしてて、その瞬間が、怪我をしたり足をつったりファールのせいで途切れてしまうことだけは本当に避けたくて。そんな思いで考えに考え続けた1年でした。

後輩スタッフのみんなへ
今まで本当にありがとう。
25を最後まで走り抜けられたのは、みんな一人ひとりが欠かせない戦力で、本当に頼もしい存在だったからだと思っています。
今後も大変なこともあるけれど、部活でしか味わえない楽しさ・やりがいも、きっとたくさん見つかるはず!ずっと応援しています💌


スタッフ同期へ
みんながいなければ4年間やってこれませんでした。本当に今までありがとう。そしてこれからもよろしくね🥹
特に3年後期からは実習が始まり、どうしても部活に行けない日もあって、申し訳なかったです。

そして、夏の院試に向けて春休みから院試勉強をスタート
医療英単語帳を電車で読みながら部活に向かって、(知らぬ間に目が閉じててよく落としてました笑)部活に行くと、電車の時間などで前後トータル4時間はあっという間に過ぎていくため、他の受験生との勉強時間の差を埋めることに必死でした。その結果、常に寝不足なのはもう避けることが不可能で、絶対に朝練起きれないような時間まで勉強する日々だったため、床で寝る生活が始まりました。
こんなこと誰にも言えないと思っていたら、同じ人いました😂にし〜!笑
お泊まりにいったとき、やってることが同じすぎてめちゃくちゃ驚きました笑




偉大なスタッフの先輩方
試合にも足を運んでくださって、本当にありがとうございました!先輩方が築いてくださったスタッフチーム、たくさんの教えがあったからこそ、今の自分たちがあると思います。教えてくださった言葉だけでなく、練習中の先輩方の姿から学ばせていただいたことも数えきれません✨️


コーチさんへ
willawsに沢山の貴重な時間を割いてくださり、ありがとうございました。スタッフに対しても的確な指摘をいただけたり、スタッフの思いも親身に聞いてくださって、本当に感謝しています。本当にありがとうございました。

家族へ
特にお母さんには、本当に頭があがりません🙇🏻‍♀️ほんとに感謝してます。
床で寝る私の姿を見て、常に呆れられていましたが笑
朝練いつも起きてくれていました。沢山の送迎もありがとう。
スタッフで、試合に出ることも絶対ないのに、3年生ぐらいから試合を見に来てくれて、ラストイヤーはほぼ全部試合を見に来てくれていました。
いつしか、顔とコートネーム、背番号まで覚えていて驚きました笑
家でどれだけ泣いていても、やめたくないって思いがあることを1番理解してくれていて、お母さんの存在がなくては続けられませんでした。限界すぎて、泣きたくても涙すら出ない時期もあって、しんどすぎる日々もなんとか乗り越えられました。本当にありがとう。
弟へ
愛知に帰省してくると、姉が床で寝ていたり、泣いていたり、訳が分からなかったでしょう笑
今年の七帝戦、家に泊めてくれてありがとう




ここまで続けてこられたのは、恵まれた環境があったからこそだと思います。本当に感謝しています。

とてつもなく長文のブログを読んでくださり、ありがとうございました🙇🏻‍♀️

25スタッフリーダー なな








こんにちは!
4年スタッフのさいです😸

ブログを書くのもこれがラストだと思うと感慨深いです😿同期たちの引退ブログを読んで、みんな色んなことを抱えながら部活をしていたんだなと思うと涙が出そうになりました。。私はみんなほど文才がないので短いと思いますが、興味があればよんでください。

まず初めに平素より名古屋大学女子ラクロス部を応援してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。みなさんの応援のおかげで日々部活に取り組むことができています。今後もご声援をよろしくお願いします🙇

私が女ラクと出会ったのは、大学入学前の3月でした。どんなサークルがあるのかなーって色々漁ってたら女ラクのインスタを見つけました。何回か新歓に参加して、他にもいいサークルも見つからないし、先輩優しいし、楽しそうだし入ってみるかーとあまり深く考えずに入部しました。

1年生は開幕戦やファイナルなど、今でも印象に残っている試合が複数あり、ラクロスっておもしろいなーって漠然と思っていました。1年生のころにそういった試合が生で見れた自分はラッキーだなと思いつつ、その頃はただ観客として試合を見ているだけで、自分がスタッフとしてベンチに入るんだとか、どうすればチームの勝利に貢献できるのかとかは全く考えることができませんでした。今思えば、もっと先輩たちとたくさん話して、色々なことを聞いておけばよかったと少し後悔しています😢




2年生のころは正直あまり覚えていません。ビデオもやってもデータをとっても何も思うようにできず、先輩に怒られてはずっとネガティブになっていたような気がします。今ならチームの一員だと認めてくれてるから、チームで全員で勝ちたいっていう思いがあるから「もっとこうした方がいい」とかたくさん指導してくれてたことがわかるけど、当時の私にとって部活に行くことはただの義務になっていて、正直向上心とか全くありませんでした。そんな中でも部活を辞めずにいたのは、同期やスタッフの先輩たちと話すことが楽しかったからです。一緒にいてくれてありがとうございます🫶





3年になって主務として幹部に入りました。それまで私はプレイヤーとほとんど喋っていなかったので、チーム全体のことを全く知りませんでした。でも、幹部になって少なくとも週に1回はある、夜遅くまで続くかんみに参加して、先輩方が部活にかける思いとか、チーム運営の大変さとか多くのことを知りました。プレイヤーが全力でラクロスを頑張る姿を見ていたら、私もチームに貢献したい、スタッフとして、主務としてできることを全力でやりたいと思えるようになりました。

24のころは主務として大学からお叱りのメールが来たり、自分の管理不足で部停になったり大変なことが多く、チームに迷惑をかけることが何度もあって本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。歴代の主務の方はこんなに大変なことをしていたのかと、本当に尊敬しています😇




3年生の夏頃から25に関するミーティングが始まり、組織体制や目標など様々なことを話し合いました。学年みで25の主務のことを決める際、あくまで一つの案として、私がもう一年主務をやるということを提案したつもりが、決定事項のように受け取られ、次のミーティングでは「主務:さい」と書かれていました😅異論を唱えようにも、時間的にも人数的にもそんな余裕はなく、もう一年主務をやることを決意しました笑

今になって思えば、後輩に主務を任せた方が26のためには良かったのかなと思います、後輩のみんなごめんね🙏

25が始まった当初は、実習があり部活に時間を割く余裕はなく、駆け抜けるように過ぎていきました。12月に入って実習がひと段落したものの、周りは就活や研究室で忙しく、部活に行っても同期マネは自分だけということもありました。心の拠り所の同期マネズに会えないのは寂しいけど、自分は実習も半分以上終わったし、部活に来れないみんなの分も頑張ろうと思いました。

でも実際やってみると、思うようにいかないことがほとんどで、改めて同期やスタッフの先輩方の凄さを実感しました。その頃、確か年明けぐらいにきゅうさんとの面談で、自分の強みは何かと聞かれました。ぱっとは思いつかなかったけど、絞りに絞って、自分はほとんど体調を崩さない、元気なことが強みだと答えました。自分でも何言ってるんだろうとは思ったけど、きゅうさんはそれを認めてくれて、トレーナーは休まず部活に行って、テーピングを巻いたり怪我や体のことをプレイヤーと話すことで、チームに貢献できるんじゃないかと思いました。毎日練習の様子を見ていると、「いつもよりしんどそうだな」とか「足痛そう」とか思うようになり、プレイヤーに声をかけて実際そうだと言われた時は、自分の変化に驚きました笑




夏休みに入って、練習時間が長くなり暑さがしんどいのに、同期が研究室で部活に来れない状況が続き、私も研究室に入りたくなりました😇大変なのは分かってます、みんなごめんね🙏この時、1.2年スタッフには本当に助けられました、ありがとう。私が下級生のころとは比べ物にならないほど仕事ができて、自分から率先して動いてくれるみんなは本当に頼りになります。3年生のスタッフがいなくて、やりずらい部分もあったかもだけど、学年関係なく話に来てくれるみんなが大好きです💕

この前の締めミで後輩からもらったメッセージアルバムの中で、「さいさんがいると安心感がありました」って言葉をもらって、私がこの一年やってきたことは無駄じゃなかったのかなって25が終わった今ようやく自信をもって思えました。




25は愛し愛されるチームというビジョンを掲げましたが、個人的な思いは後輩たちが自チームのことを好きでいてほしいということです。みんなは25willawsどうだったかな?好きでいれたかな?しんどいことはもちろんあっただろうけど、なんだかんだ25楽しかったって思えるなら、嬉しいです☺️

1年生のころからたくさんのことを教えてくれて、支えてくれた先輩方、ありがとうございました。先輩方が教えてくれたたくさんのことが、今の私の糧になっています。本当にお世話になりました🙇‍♀️

私がここまで部活を続けてこれたのは同期のみんながいたからです。たくさん話して、たくさん笑わせてくれて、ずっと支えてくれてありがとう!これからも仲良くしてね!みんな大好きだよ💕

思ったより長くなりましたが、ここまで読んでくれた皆さんありがとうございます!
今ブログを書いている私は、早起きをしなくていい幸せを感じるとともに、26始動のストーリーをみて、本格的に引退したんだと寂しさを感じています😿名古屋大学女子ラクロス部は今後も26.27とずっと続いていきます。今後も引き続き応援のほど、よろしくお願いします!




こんにちは!スタッフのるうです🦌  

名大女子ラクロス部を支えてくださっている皆様、こうして私含め4年生が最後まで続けられたのは皆様のご協力、ご支援のおかげです。本当にありがとうございます

最後の最後まで執筆が苦手で、後送りにしてしまって申し訳ないです。ごめんなさい
精一杯書いてみたので拙い文章ですが、読んでいただけると幸いです☺️

ついにラストブログ
一年生の時からアメブロ書くのとっても苦手で、短くなったり長くなったり変な文章だったり自分で読み返したくないくらいだけど、最後って思うと考え深いです(笑)

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全学で大阪に行っていたので締めみの時にスピーチできなかったので最初にちょっとだけ書きたいと思います

私が伝えたかったことは、『いろんな形でチームに貢献できる可能性があること』です
私実は最初はプレーヤーやってました。(後で思い出でも書きますが、、)ずっとスポーツやってたけど、喘息とか体調とかで技術的に戦力にはなれなかった。
けど、最後の2年はスタッフとしてチームに関わって、アナライザーや審判としてできることも増えてチームの貢献度高いわけじゃないけど0ではないかなって思ってます。それを姿勢で体現できるような先輩になれなかったことは心残りだけど、スタッフもプレーヤーも全員がチームに貢献できる形があるし、貢献してるんだよみんなすごいよってことを伝えようと思ってました!

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ここからは私の思い出語ろうと思うんですけど、私にしては珍しく長くなると思うので時間がある方は付き合ってくれると嬉しいです🥺

大学1年生、やまさん(通ってた塾の人で女ラクの可愛い先輩)に憧れてて、女ラクを知ってて受験期の時からインスタとか実は見てました笑名大入れてやまさんからお誘いがきて本当に嬉しくて新歓に行ったら先輩たちみんな楽しそうで『めっちゃいい!入る!』って思って勢いで他も見ずに入りました(うちにしてはすごい行動力笑)

いざ入部、スポーツのつかみはいつも上手い方で最初の方はラクロス調子よくて先輩にも褒めてもらえて嬉しかった😂でも、コロナにかかってみんなに遅れちゃったあたりから、回復が遅いせいか体がついていかなかった

そこからとんとん拍子できた新人戦
最初で最後?のフリショを決めていろんな人に頭撫でてもらえてめちゃ嬉しかった
そこからまたとんとん拍子で2年生になって、つま恋、スーパーカップ、プレーヤーとして最後の試合?たぶん七帝戦
あんまり覚えてないけど、なごみとアシストで一点取れたことだけは覚えてて本当に嬉しかった
って感じで、辛かったことを忘れやすい性格なのか全然頑張れてなかったのかわかんないけど、プレーヤー時代冬の体トレのほかにあんまり辛いことは思いつかなくて楽しいことをたくさん覚えてます(都合のいい頭すぎますが)

あと実はスタッフになる前に本気で辞めようって思ってた時期があって
固い意志を持って開いた学年みで、泣いてくれたおんちゃん含めみんなをみて辞めるのやめようと決意(おんちゃん私を止めたくて泣いてくれたわけじゃないって知ってちょっとショックだったけど笑)その後ちょっとプレーヤー続けてやっぱ無理で悩んでた時に
多分、るいにスタッフに転向したら?みたいな一言を言われて確かに!って思ってスタッフ転向を決意(本当に人に流されやすい性格だけど、今思えば本当にこんな性格でよかった)

ようやくスタッフになった2年秋
プレーヤー時代の知識が思ったより役に立ち笑、審判も頑張り始めたり、ちょうどその頃学連執行部もやり始めて、いろんなことを頑張った年だった、前よりかはチームの力になれてる感が自分的にはあって嬉しかった

いよいよラストイヤー
研究室やばい、でも部活も頑張りたい、学連執行部もやばい、
やばいことの3連チャンで1番辛かった年だった。本当に体が言うこと聞かなくて辛かった。けど、支えてくれた同期、後輩、先輩のおかげで部活は続けられて本当に良かった。頼りない4年生でごめんなさい、みんなありがとう。


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最後に
4年の同期へ
出席率も悪くてすぐ体調崩す私だったけど、変わらずに接してくれてありがとう
みんなが同期だったからここまで続けてこれたし、本当に感謝してるし大好き!

最後に、みんなに出会えて大学生活過ごせて良かったです!本当にありがとうございました!!

これからはウィローズのファンとして、試合とか見に行きたいなって思ってます😉
本当にありがとうございました

るう