どうせお前は死ねない -3ページ目

どうせお前は死ねない

自分が不安に思っていることが、全く起こらないことは、人生で最も悲劇的なことだと思う

見たい映画


グリーンマイル

レオン

トイストーリー3

バックトゥザフューチャー2,3

ビューティフルマインド


これをみるために今月は生きよう。


他人にどう映るか。

それを考えてはいけないのだ。

オレがなぜ仕事ができないのか。

勉強と同じモチベーションではたらいていないからだ。


生きたいんだよな。精一杯。


どうせ生まれ変わるなら、生きているうちに。

長渕の言葉だ。

タイミングが良かったのか、ものすごい響いた。


問題は、取り返しがつくかどうかだ。そういうこと考えずに突っ走ったらいいんだけど、

オレはそうはいかないようだ。

楽しそうなことを、楽しく感じないのだ。


それならそれでいいじゃないか。

周りの感性に合わす必要がない。

面倒なのは、こんなことを楽しがるオレ、みたいな感じで見せつけてしまいそうになることだ。

それが面倒なんだ。

自慢したがるんだ。

畜生。

これ辞められたらなあ。

味方がいると確信していることがおかしいのだろうか。

畜生。

味方なんていないさ。

そのほうが乾いていていいんだ。

乾けば、素直に生きられる。

素直になれた方がいい。

他人の目は、じっとりとさせる。


誰かが納得してくれないと嫌な人生と言うか思考。

そこに苦しみや悔しさがある。


人がいないとやっていけない。

それが人より強い。

プライドも高い。

無能なのに。

第三者の視点で自分を見る。

甘え過ぎだと思って、何もしない。

それ自体が甘えなんだけどな。


全員を納得させたい。

そんなことは100パー無理だ。

そういう大事なことを、誰も教えてくれない。


何かに参加しない限り、だれも見ていないし、見てきたとしたら不快な人間だ。

この「参加のときのみ見る」というのがポイントだ。

長年オシャレする人間はよく自意識の暴走に堪えているなと思っていたけど、

多くの人は「参加」に焦点を絞ってオシャレしているんだろう。

そうでない人はそうでないんだ。

自意識のコントロールがうまいんだな。

僕はよく人を見てしまうのだが、それは精神科の先生と相談して0.5秒ルールを設けることに決めた。


こんな世界を楽しんで生きている人間はいない。

オレの心境になったら誰だってそうだ。


だからみんな、そういう心境にならないように努力しているんじゃないか。


本当にそうか?

案外テキトーに生きて、やってこれている人間だって多いんじゃないのか?


そうかもしれないが、お前はそうではない。


それってすげえ悲しい。

変わらなきゃいけないのは、たとえどんな心境であっても面倒くせえよ。バカみたいだけど、本当に面倒くさい。


面倒くさいならずっとそのままでいろよ。そしてオレってこんなにつらいんですよアピールを死ぬまで一人さびしくやっとけ。そういわれて腹が立つなら変えろ。


変えると、そういう人間たちの言いなりになっているようで腹が立つ。


お前はそういう人間たちと、少なくとも今は、互角で戦えないんだから言いなりになったっていいんだよ。

変わるならなんだっていい。






無能が生きていたっていいじゃない。

オレがそう思ったなら。

クソみたいな人間は、無能な人間をバカにする。

クソみたいだなって思っても、そういう人間は多いから、そういう人間はクソだけどマジョリティーだ。

劣等感で心が岩石みたいに動かなくなることもある。

僕はニートにならないだろう。

みじめなバイトをしたりするんだろう。

苦しみながらね。

バカにされながらね。

バカにされていない時は被害妄想で傷ついて、

バカにされたら、ほらねと傷つく。


なんだこの人生。

自殺するヤツはバカだと思っていた時期もあった。

でも違った。

自殺できる奴は信じられないくらいの勇気の持ち主だ。

みんな、その事実を認めたくないんだろうけどね。


ここに面白い部分がある。

人生を楽しんでいる人は、自殺するヤツはバカだと思っている。

まず、自殺がどんだけ勇気がいる事かを想像すらしないからね。

人生を楽しんでいない人は自殺するヤツはすごいとおもっている。

自殺に必要な勇気を感じ取ることができているから。


どっちがより現実的な判断をくだしているかと言えば、後者だろう。

前者は真剣に考えた結果ではなく、感覚としてわからないからバカといっているだけだから。


自殺はやめよう とかいうキャンペーンって死ぬほど意味ないな。

最初から勇気ない奴は放っておいても無様に生き続ける。

逆に、屈強な自殺への意志がある人間はそんなくだらないキャンペーンで心が変わるわけがない。

あんなところに金使うなら生活保護のヤツに金をくれてやれ。




どうせ家にいても憂鬱なんだ。

外に出ても憂鬱なんだ。

友達みたいな人と、くだらない会話していると少し落ち着く。

なのにオレはそいつらにありがたみを持ってない。

そんなのはどうでもいいか。

どうでもいいってことにしておかないと、じっとりするからな。

「ありがたみを持っていないということを自覚している時点ですごい」みたいなことをいう人間を想像してしまった時のじっとり感は果てしない。

オレはひとりで何を考えているんだ。

もっと勝手になりたい。

何だアイツって思われてボコボコにされればいい。

それを受け入れられればいい。

それすら怖がって何もできない。

また冷や汗が出る。

うああああ。

でも死ねない。

意味が解らない。

死ぬ気になって死ねよ早く。

死んだつもりで生きてもやりたいことがなかったでござる。

死ぬくらいならなんでもできる?

いいえ、死ぬしかないから人は死ぬんですし、やりたいこともないから人は死ぬんです。

でも僕はその二つの条件を満たしているのに死んでいない。

僕の考えが間違っているのか、僕が異常なのか。

自分を異常だと思うとじっとりとした気持ちになるから、僕の考えが間違っているということにしておこう。


実際何がつらいのかというと、まず、この心を持ってしまったことだ。

そして、現実的にはバイトがつらい。

やめてしまえ。

そうだな。頑張ってもだめだもんな。

誰もお前に期待していないからこそ、乾いた気持ちで一生懸命やれよ。

そういう二つの矛盾した考えの中に僕の毎日は沈んでいくのか。

後者の考えを取ろう。

それでもだめなら、逃げよう。

変なプライドや期待はいらないだろう。



また今日も何もせずに終わるのかな。

それでいいじゃん。

普通の人の一生ってそんなもんだろう。

たとえそうでなくたって、オレがそうであっていけないことはないんだ。

事実だけを考えることができたらいい。

事実より、人の内面を追ってしまう。


仕事できなくていい。

クソみたいな人生だな って乾いた心で思えばいい。

なんでこんなじっとりした感情になってしまうのだ。


人の期待を作ってはけし、の繰り返し。

誰もお前に期待なんてしてねえよ。

気を使ってねえよ。

オレは哀れだというドラマチックな心があるからじっとりとした心になる。


アメリカの青年みたいに、乾いた心になれないもんかな。

人生をじっとりと生きるんじゃねえよ。

カサカサに生きろ。

自分の行いを反芻するな。

誰が見ても安心 を目指すな。


ノッキンオンヘブンズドアの二人みたいな人生にしろや!

っていうかそれを目指す時点でドラマチックだな。

でも多くの人間はそういう感情を持っていて、あこがれながら映画や漫画を見るだろ。

オレもそっち側をめざせ。

誰も期待していないんだから。


普通に生きろ。

バイトや大学に普通にいけ。

生乾きの気持ちで行くな。

そこで、ドラマチックな憂鬱に陥るなよ気持ち悪いから。

中二病って言われても仕方ない。

中二病ってこじらせると人生を破滅させるんだな。