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情熱は足りているか〜充実した人生を送るためにするべきこと〜

人生を充実したものにするためには何が必要か?
自分をより良くしていくために試行錯誤しながら毎日を送っていく。
本音で言いたいことをぶちまける。
新しい人生を始める過程を綴った、物語の始まりです・・・

大人は考え方を変えるのがとても苦手です。

いつも自分が正しいと思っています。

 

結局今回の問題は

・男尊女卑の潜在意識

・過度で無駄な「エリート」教育

から起こったことだと思います。

 

これらは今回の出来事だけではなく、日常の小さなことでも常に問題になっていることでもあると思います。

日常の悩みのうちこれらの問題が少しでも解消されればもっと精神的に行きやすい環境になっていくのではないかと思います。

 

教育を変えていくのはとてもむずかしいことだと思います。

なんせ今の教育で育った人たちの殆どは今の大人達と同じような考え方をする親へと成長し、子供を教育する。

1億人以上生きている今の日本全体の考え方を変えるのは何百年かかるかわかりませんが、まずは一歩踏み出さないと何も変わりません。

より良い教育を続けていって、世代が何回も何回も変わって行けばどこかでより良い考え方の人が増えていってよりよい社会になっていくはずです。

一つの考え方に集約する必要はありませんが、少なくとも悪いところは少しずつ時を経て変わってほしいと思います。

 

あくまで想像で話しているので、実際どうであったかはわかりません。嫌な思いをされた方がいたら申し訳ありません。

決して、亡くなった本人や親を責めているのではなく、今回の出来事から今の世の中の悪い点として上記のようなことが考えられたという考察です。社会全体で責任を感じて改善していかないとダメだということです。

 

最後に亡くなった女性社員の方とご遺族に心からお悔やみ申し上げます。

 

働くということは一体どういうことなのでしょうね。

これは毎日マクドナルドに来て何かを頼んで書いているわけですが、席が空いているとは限らず、人の話し声がやたらとうるさかったり、ストレスを感じることが多いです。

 

そもそも勉強するところでは無いのだから仕方ないのですが。。。

 

そこで他によるまで勉強できるようなところはないかといろいろ検索してみました。

 

そこで『勉強カフェ』というものがあることを知りました。

有料で月1万円程度するのですが、落ち着いた環境で、勉強しに来ている人が集まってできる空間なので、とても良さそうに思えました。

 

マックで一回300円払って20回通えば6000円ですので、もしかするとカフェであまり良いとは言えない環境で、勉強するよりはそういう環境に投資して勉強するほうが良かったりするかもしれません。

しかもそこは勉強熱にあふれている(しかも学生ではなく大人の)環境なので、とても落ち着いて集中できるのではないかと思いました。

 

通うのにもお金がかかるのでそこだけがネックです。

交通費を含めると結構な額になってしまいます。

 

ですが、正直自分自身にお金をかけて成長させないと一体いつ成長するのだ!と最近は思うようにしているので、知りたいと思ったことに対しては躊躇せず本を買うようにしているし、趣味にも躊躇せずに投資するようにしています。

 

お金を貯めるためにはまず自分に投資することから始まると考えるからです。

 

その辺の話はまた今度書くことにします。

 

 

 

話がずれましたが、少し割高にはなってしまいますが、勉強カフェに通いたいと思います。

 

あとジムにも。笑

でも、その状況から逃れる手段はなかったのでしょうか?

会社に辞表を提出して、もう通わなければよかったはずです。おそらく毎日家から仕事場に通っていたはずですから、行かないという選択肢はあったはずです。

でもその社員が通い続けた理由は何だったのでしょうか?SNSにもたくさんSOSのメッセージは発していたはずです。

もちろん真実はわかりませんが、学生時代から真面目に勉強して、有名大学に入って電通という有名企業に入った。それを目標にやってきたし、誇りに思っていたし、周囲の人たちの期待も背負っていたのだろうと思います。母親を助けたいという強い思いもあったとかいてありました。

そんな背景がある中で、想像外の職場環境だった。やめるという選択肢が『負け』を意味することだと考えたのかもしれないし、周りの人の期待を裏切ると考えたのかもしれない。更にはもしやめてしまったら、自分は生きていけないのでは無いかという社会的不安も大きかったのかもしれません。

自分のプライドとの葛藤、社会的立場の喪失に対する恐怖、周囲の期待への裏切りの意識からその状況からすんなり逃れることができなかったのだと思います。そうこうしているうちに、自分が生きている意味を考え始めるようになり、意識が死へと向かっていってしまったのだと思います。

 

いわゆる「エリート」、つまり大勢の人が目指しそれが最も正しい生き方だと考える生き方を強要するこの世界の閉塞感は問題です。

うちの母親もそうですが、学歴や仕事に過度にこだわり、どこの息子がどこに進学してどこに就職したかをチェックしいちいち評価する。特に進学校で育った学生はそんな学歴主義で世間の目を気にしすぎる大人たちに囲まれて生きています。

最初はやりたいこともなりたい像も自由に発想していたはずが、いつからか大人たちと同じようにそういった「エリート」にがんじがらめになるような発想に変わっていってしまう。それこそが一人の人間を死へと追いやった根本的な原因の一つでは無いかと思います。

僕もこの考え方に相当苦しみました。エリートコースを辿りながらも常に中途半端な反発をしながら生きてきました。自分がいつの間にかがんじがらめになっていることに気づきながらなかなか軌道修正できないでいることを歯がゆく思っていました。

 

同じようなことを考える人は多いと思います。