それぞれの球詩 -2ページ目

私の球詩

球詩1 【僕の野球】
《中学時代5》


後続を三振で切って取った。僕は3回にヒットを打たれたものの、5回までを0点に抑えた。


試合は高揚西の圧倒的な力で5回コールド18対0。僕は被安打1、奪三振3、与四球1。



スタンドで僕の母さんが声をあげて泣いていた。




自分はダメピー・・。
自分でも分かっていた。親も知っていた。友達も知っていた。


でも、それは違った。
僕が小学生時代の時は下級生や女の子や他の部のヤツらに守ってもらっていた。フライやゴロも捌けないチームだった。


完封なんて初めてだった。

(これが本当の野球なんだ・・。)


守ってもらう幸せ、アウトが取れる幸せ、打撃援護してくれる幸せを噛みしめながら球場を後にした。


学校で解散してバスケ部の友達に完封の報告をした。

家に帰ると居間には焼き肉と唐揚げと豚汁が置いてあった。
どーやら母さんが昼食を用意してくれたらしい。


(んっ!置き手紙。)





《ヒロへ。中学初勝利おめでとう。やっぱり春海の頃とは違うね。守備も上手いし、打撃もあるし。お母さんはヒロのピッチングが楽しそうに見えたよ。あと、お風呂沸いてます。》


(俺・・勝てて嬉しいよ。嬉しいよ・・。)



お風呂に入りながら泣いてしまった。


嬉し泣きって・・気持ちいい。 


続く
この話に出てくる人物名、学校名は全て仮名です。

私の球詩

球詩1 【僕の野球】
《中学時代3》


春が過ぎ、6月の県大会の予選が始まった。


僕はファーストをやりながらピッチング練習もする様に監督に指示された。


カーブは劉が教えてくれた。パームとフォークとチェンジアップはピッチングマニュアルで習得していた。

高揚西中野球部に僕を含めた新入生8名が入り全部員27人となった。


そしてベンチ入り18人が発表された。



1志水
2政井
3沢野
4伊沢
5渡会
6山戸
7新崎
8大元
9貢

控え
10雨森
11和泉
12岩見
13若村
14三宅
15伊勢
16戸田
17神楽
18・・。


(俺だっ!!)


周りはどよめいた。


今年の同窓会、当時の部長先生に何故僕を選んだかと聞くと・・。


「お前はついこの前まで小学生だったが、体は出来ていたし、新入生で唯一本職のピッチャーだからだ。」

僕は当時、173センチ65キロだった。


そして当時、僕はサイド気味のオーバースロー(現在スリークォーターと呼ばれている)だったので打ちにくいと感じたのだろう。


そして市予選が始まった。

高揚西

打順 名前
1レフト新崎
2ショート山戸
3キャッチャー政井
4センター大元
5サード渡会
6ライト貢
7セカンド伊沢
8ファースト沢野
9ピッチャー・・。


僕は緒戦の先発を任された・・。


続く
この話に出てくる人物名、学校名は全て仮名です。

私の球詩

球詩1 【僕の野球】
《中学時代2》


高揚西中は野球部はかなりの名門で甲子園出場者を何人も輩出している。


先輩紹介


志水棟矢。中学3年生で生徒会長。高揚西中のエース。ストレートは軟式で130キロは出ていた。
県大会ではスカウトも観に来た逸材。


政井洋平。天才キャッチャー。アベレージヒッターで肩も強い。


山戸信太。高揚西中のキャプテン。ノリは関西系だが締める時は締める。守備、走塁は高校レベル。


渡会健三。長身サード。ストッパーもそつなくこなす。長打力もある。


新崎哲平。切り込み隊長。俊足な左利きのレフト。左中間のフライは全てこの人が全て裁いていた。


他にも他校ならレギュラークラスの先輩がゴロゴロ。

最初は声だし、ボール拾い、ケースランナーばかりだった。


5月になり3年生は修学旅行へ。
2年生と1年生で練習をした時、ポジション適性練習をすると僕はファーストになった。


ピッチャーは2年生の神楽さんが選ばれた。


神楽鷹一。160センチながら力がある速球と長打が売りな先輩。
3年生がいるためショートの控えだが3年生が抜けたらエースは間違いない。


僕は投球を見てもらったがコントロールはあるけど打ち頃と言われてしまった。


この5年後。僕は138キロまで投げる事が出来るとは誰も、僕自身も予測出来なかった。


続く
※この話に出てくる人物名、学校名は全て仮名です。