2020.05 リライト。
あるセミナーに行った時の感想です。
先日、武術家の方による資産形成のセミナーに行って来ました。
それがとても良かったんですよ。
この時点で読む気失せてる人多いかな😅
何、意味の分からないことを言ってるの?って。
武術家と資産形成って二つのワードのつながりが一見ピンと来ないように思うのはまあ普通の人。
なるほど、そう来たかってすぐに思える人は、お金がエネルギーであることを分かっていて、お金の扱いが自分自身の心の鍛錬、マインドの扱いと直結していると「分かっている」人かなあ。
このブログで内容を勝手にあれこれネタバレしては申し訳ないので、特に印象的だったことを少しだけシェア。
このくらいなら、いいかな?
なんて。
とても武術家らしい例え話を聞いたんですけど。
武器を持っていても、使う勇気がなければ、かえって弱くなる。
という話をご存知でしょうか。
銃や日本刀などの武器って平和な日本であまりピンと来ないかも知れませんが、日本でも許可制で持ったり使ったりすることは出来ます。
もしもの話です。
自衛隊員でもない、武術家でもない、訓練を何もしていない普通の人が、戦争が起きて戦場に出なければならなくなったとき。
その人にホイッと銃を持たせたら、必ず強くなると思いますか?
…ならないんですね。
誰でも強くなれるのが銃、ということではないのです。
銃は、引き金を引く勇気が無ければただの邪魔な鉄の固まりなんです。
その人の足枷にしかなりません。
使う勇気がなければ武器を持っている方が弱くなるんです。
これは、知識やノウハウも同じです。
例えば起業したいとか、お金を増やしたいとか、そういう想いでセミナーを受けたとして。
本を読んだとして。
頭の中の知識だけ増やして、実践する勇気が無くては、かえって弱くなるばかり。
勇気というのは、
間違っているかも知れない、上手く出来ないかも知れない、失敗するかも知れないという不安と戦いながら、それでもまず、やってみる勇気です。
自嘲が多少入ってるんで、今から少し意地悪な言い方になるかもですが…😓
知識を取り入れるのが大好きな人間の中には、
いつも心の中で他人のことディスりまくっていて、自分は完璧にやってみたい、絶対失敗したくない。失敗なんてするくらいなら、失敗した人を笑う側の自分で居たい。
…って人が一定数います。
…性格悪いですね。笑
理屈をこねる頭でっかちさんです。
言うほど結果は出せてないんです。
そういう人は、他人の失敗例ばかりを検証して自分は高みの見物。
で、他人の批判ばかりして、自分は行動しない。
他人の失敗研究家、他人の失敗評論家になっていくという。
ある意味中二病より幼い…小六病かな?
実際自分は何も為して無いくせに…
批判だけは超一流。
批判してる間は「自分の着眼点凄くね?頭いいよねオレ!」って悦に入れるから、何も為してない自分と向き合わなくていい。
だから常に批判中毒。
(自嘲なので口悪いんですが…もしあなたの心に刺さったら、わたしと仲間ですねw でもなるべく早く卒業しましょうね、お互いに。)
知識を、他人を馬鹿にするだけに使ってはいけない。
自分で実践する勇気がないなら、持っている必要はないのです。
勇気を持たない知識は、身につければ身につけるほど、邪魔になるだけなのです。
ただし…同時に、
知識がゼロの勇気は、ただの無謀。
だったりするわけです。
知識と勇気のバランス、取って行かないとなぁ。
知識を得たら、同時に勇気を持たないといけないのでしょうね。
知識を得るのは、
自分自身の為ではなく、他人の役に立つ為。
他人を批判することは、その人の役に立つことはほとんど無いです。
嫌な奴だなあと相手から思われて自分が損することが殆どです。
自分がスポンサーだったり、本人が忌憚のない意見を聞かせて下さいと言ってる場合はいいかなと思うけど…
そうじゃない場合、どんなにそれがまともな意見であっても的を射てても。
正論は単に事実の確認と真実の希求であって、「人間関係」では無力ですから。
むしろ壊しますから。
特に、日本人は真実を探求する為の議論やディベート、出来ない人が多いので…自分が折れるか相手が折れるかのどちらかだと思ってる節が。
多くの人が議論の目的を勘違いしてるんですね。
わたしは歩み寄る為や、折衷案を出す為や、よりよい第三の真実に辿り着く為の議論を親しい人とはしたい方なんですが、同じ気持ちの人になかなか出会えないので、なるべく議論は避けてます。
相手を言い負かすのが目的になってる議論好きの人が多くて、そういう人に勝つと根に持たれるのが嫌なんで、出来るだけ早めに負けて逃げますw
(反動でブログでは煩いんですけど…)
本当、日本人の言葉のコミュニケーションのレベル低めだから…わたしも高くはない。
欧米化で本来の国民性の良さが減ったから歪になっちゃっただけだと思うけどね。
信頼関係のある人間同士で議論や話し合いを、感情論にならずに相手に敬意を払いながら出来たら良いよなあ。
吐き捨てるように伝えたら、ただの喧嘩だしなぁ。
安心して喧嘩出来る仲ならアリなのかもだけどね。
まあ、他人を批判したくなったら、「へーえ、あなたはそうするんだね」「そうやる人も居るんだね」という知識にしたらいいのかなぁ。
その知識は、自分自身が実際に何かをする時に多いに参考になると思います。
個人的には、どんなにまともなことを言っていても、批評家、思想家という立場にわたしはそれほど価値を見出せないのです。単なる好みですけどね。
自分が何を生み出せるか、それが全てだと思っています。実際に何かを作り出せていない人の思想は夢物語、良くて机上の空論だと思うから。
そうそう、私が行った武術家の方のセミナーでオススメされた本が積ん読(そのうち読もうと思って積んである本)に入ってたのでした。
…とっとと読めということか。
あと、仕事で公私ともに関わる治療家さんがオススメしてたのはこれ。
(2023.5 後日談)
2冊の本を同時に読んだらものすごくバランスが良かったです。オススメです。