ああ…この説、すごくしっくりくる。
お酒と精神薬チャンポンしたら、そりゃあ、当たり前な結果が生まれるよね。
例えば病院でアルコールのベンゾジアゼピン置換、などという、公然と行われる治療モドキの詐欺にかかったのだとしたら、そりゃ気の毒としか言えない。
病院の責任が問われることは100%ない。
日本の医療はそういう仕組みだから。
お酒の精神薬置換があったかは定かでないので、さておき。
お酒のせいにするなとか、本人の弱さや性格のせいだとか、いやいや、違うんだよなあ。
依存症はPTSD(トラウマ)の抑圧の結果なんで。
自分でどうにも出来なくなるから、依存症(病気、PTSD)な訳で。
依存症(アルコールだけでなくキス強要も性依存だし)と解離(不可解な行動、どこか意味の通らない会見内容)、脱抑制、 これだけ揃ってPTSDでない訳がないのだ。トリプル役満。
言動の支離滅裂さ、悪気のなさ、明らかに病気だよなあ。気の毒に。
脱抑制とは、「状況に対する反応としての衝動や感情を抑えることが不能になった状態」のことを指す。 すなわち、患者は外的な刺激に対して衝動的に反応したり、内的な欲求を制御することができず本能のおもむくままに行動したりする。
しかし、精神科医は治せないどころか、PTSD診断すら出来ない。
だから、本人のせいになる。
マックとか行けば運が良ければ治るのだろうか。
今後、これから大変そう。
解離した自分のやらかしたことに対する絶望って、本当に孤独なんだよね。
自業自得とか、そういう問題じゃないんだよなあ。
あの人は弱いからとか、人格がどうのこうのとか、そういう問題じゃない。
…死ぬなよ山口くん。正念場や。
大切な人に絶望され見捨てられて、自分に絶望しても。
判ったような他人に傷に塩塗り込まれて、てめえに傷つく資格なんかねえと唾を吐かれて蹴られても。
恥ずかしくて、生き恥晒して、どんなに居たたまれなくても、悔しくても、情けなくても。
世の中の虚飾と欺瞞に目眩がしても。
自棄になって、地べた這いつくばっても、地面のコンクリート舐めることになっても。
それでも、何としてでも生きろ。
依存症は、ごく身近なもの。
ネットゲーム依存症の部屋によくあるションペットとか、どう考えても解離してなきゃ作れない。
リンク間違ってたので貼り直しました。汚部屋もPTSD視点で見た方が病理が容易く理解できます。
依存症に特化したヒーリングメニュー考えてみようかな。
でも本人が気が付かないうちになってるのが依存症だしな。
知り合いや家族の中に依存症の人が何人かいたからイメージ涌くけど、大概男性はPTSDをひたすら否認する。
当時は福祉やヒーリングの仕事なんてすると思って無かったし、めんどくさいから放っておいたけど、昔からサイコドクターS先生のブログを読んでいたので、その人たちが必死にトラウマを否認しているのは分かった。
少なくとも私が見てきた複数の依存症の男性は、自分が心に傷を持つような「弱い人間」であると認めるのを嫌がっていた。
弱さを認める強さがないともいう。
女性はPTSD説を頭ごなしに否定する人は少ない。(スルーする、無視する人はいるが。)
フロイトの時代から、その辺は変わらないと謂うことか。
メンヘラとかアル中とか名乗って影のある男ぶってすかしてたり、俺って悪だから~ってイキッてる方が、PTSDを認めるより楽に感じる男性が多いみたい。
何なんだろうあれウザイ…。
まあ、今の世の中、自分のPTSDの存在に気が付いた所でそれを他人や治療者に言えば「甘ったれるな」「関係ない」「誰だって色々あって生きてるんだ」と言われて傷付くだけだから、そりゃ記憶の奥底にしまう以外、ないね…。
