嫌なことを言った人を忘れられない | 日日是前進

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今は 本来の自分で自由に生きたい と思っています

自分のことである。もしかしたら自分がHSPだから

かもしれないけれど。

 

理由もなく嫌なことを言われたら、その人、その言葉は

なかなか忘れられない。だからその人とはそれからは

基本付き合わない。もちろん時と場合によるが。

 

なぜかと言えば、そういう人はまた私を傷つける

可能性が高いから。保身というか自己防衛というか。

 

たまたま自分が不機嫌だからと言って、その感情を

考えずに人に出す大人気ない大人が苦手だ。

 

大人は通常、人と話すとき自然にその人との距離感、

立場、状況等々を勘案しているものだ。

 

時に自分が何かで不機嫌だったとして、それを全く関係

ない人の前で感情をあらわにするような人は感心しない。

 

気をつけていてもなかなかそれは難しいこともあるにはある。

 

でもしかし、だからと言って感情をまったく関係ない人にもろに

ぶつけるというのでは子ども以下だ。

 

よくそういう人を「正直」と表現する人を見かけるが、私が

思うに、「正直」というのは誰かに聞かれたときに「正直」に

答えることを指すのであって、自分の感情のコントロールが

できない人のこととは断じて違う。

 

まぁきっと、そういう人はそういう人同士で付き合えばいいの

だろう、誰かの機嫌が悪いときは誰かを傷つけたり、その逆で

あったりして関係が成り立っているのだろう。

 

思えば、人と人であれば自然と引き合ったりはじき合ったりする

ので、言うまでもなく同じような人と付き合うものだろうけれど。