私は子供の頃、東映の映画が大好きだった。自宅が映画館からそう遠くなかったので、上映前には大型スピーカーから呼び込みの音楽がいつも聞こえてきた。老いた父親にしつこく小遣いをねだると「アホを呼んでいるよ」と言って、しぶしぶお金をくれた。

片岡知恵蔵、市川右太衛門、大友柳太郎、中村錦之助、大川橋蔵、その他東映のスター達がいっぱいいた。片岡知恵蔵の七つの顔を持つ男では名探偵、多良尾伴内が顔を7回も変装し悪漢と対決する。市川右太衛門は旗本退屈男、大友柳太郎は丹下左膳、大川橋蔵は若侍捕り物帳、其々が、おはこのシリーズ物を持っていてたくさん封切りされた。中村錦之助は紅孔雀が有名で城の大屋根で伏見扇太郎との格闘シーンをいまだに思い出す。残念ながら、50年前に活躍した懐かしい時代劇スター達のほとんどは亡くなってしまった。

すべて単純な勧善懲悪のストーリーだった。悪者は必ず滅び、良い者は絶対生き残って、めでたし、めでたしで終わる。しかも最終スクリーンには映倫のマークがくっきりと映し出されていたのである。中に現代物ストーリーで悪者達がうまく犯罪を成功させ、談笑している場面で終わるシーンもあった。この場合、カメラを引いて、だんだんと遠景にしていった。この撮影方は悪者達が近い将来滅びゆく意味のアクションだったと聞かされた。この映倫マーク、最近はほとんど目にすることがなくなった。何時頃から、何故、一体どうしてなくなってしまったのか分からない。

映画は所詮ドラマでたとえ実話を元に製作されていたとしても、面白、可笑しく、誇張演出されている。それが分かっていながら、映画を観終わり、席を立って歩く途中、しばらくの間、主人公にでもなった気分になってしまうものである。いくら学識、経験の豊かな先生方でもそうさせる魅力がある。だから映画は楽しいのである。高倉健の仁侠映画だったら、高倉健の苦みばしった顔、フーテンの寅さんなら、下駄のような顔に細い目の渥美清となって、映画館から出てくるのである。外に出てサンサンと輝く太陽を見、現実の世界へと我にかえるまで続く。大人でそうだから、子供ならもっともっと持続する。ストーリーが脳裏に焼き付き、時々蘇えってきては髣髴とさせる。時には彼等の将来をも決めかねない程の強力なインパクトを与え続けるのである。

前ブログに述べた有害アニメなどを見せると現実とバーチャル世界の区別がつかない子供に成長しても不思議ではない。0.01%そしてその0.01%がもしも同じような場に直面したら、咄嗟に罪を犯さないとも限らないのである。アニメ製作には、寄って集って数十人ものスタッフが手掛けている。しかし誰も子供達に悪影響を及ぼすなどと、気の付く者がいないのか? もしこれがヘロインとかコカインその他の麻薬類を世の中にばらまいていたならば、一体どうなるだろう。その効果は有害アニメも麻薬も同じである。麻薬なら重罪となるからやらない。しかしアニメなら罰せられない、利益の為なら、法律に触れさえしなければ良いとする市場原理主義経済が世界中を制覇し、人の心を汚染し続けている。金さえ儲かれば後のことなど関知しない、どうなろうが知ったことではない。「麻薬なら買って使う方が悪く、有害サイトなら見る者が悪いのだ」との論理、無責任拝金主義、市場原理主義経済が今の世の中である。

これは世界及びアメリカ経済を支配しているユダヤ商法が根底にあるのではないかと思う。アメリカが世界を軍備力で制圧しようとする。イスラエルも又アメリカをバックに資金力、武力による隣国支配を試みるのは、拝金主義者なら誰でも考える一番手っ取り早い方法だと信じているからである。ところがこの武力による支配は一時的に成功したとしても長期間の維持は出来ない。やがて破綻、終焉が必ずやって来る。これは世界の歴史を見ればすぐに理解出来る。武力で勝ち得えた政権は必ず武力によって滅び去っているのである

昨今、世界中を震撼させているテロ行為、お互い話し合いが決裂した場合、強者を相手に、資金と武力に劣る側として最低の選択肢はテロ行為だけである。世界中が反対したイラク戦争、アメリカ自身保有しながら、大量破壊兵器を探すと言いがかりをつけ、石油の利権欲しさ、自国の武器産業発展の為、それは決してイラク国民への人道の為ではなかったのである。イラク国民もソッポを向き、シーア派、スンニ派の宗教とは呼べないイスラム集団が利権のため内戦となり終始が着かなくなってしまった。戦争仕掛け人であるアメリカが利益の為だったから、その結末も同じ目的のヤカラの戦いとなるのが当然である。アメリカはベトナム戦争で失敗しているが、そんな貴重な経験をしていながら、強欲、貪欲が強すぎ、先が見えなくなってしまったようだ。

マーケットで私のストールの隣に中東からの移住者が店を持っていた。アメリカがイラク戦争を始める前、彼は言った。「ベトナム戦争以上に混迷するだろう」と。まったくその通りになってしまった。