古い事件ですが、長崎の学校で起きたカッターナイフによる女子クラスメイツ首動脈殺傷事件を初め、小学生が幼児をビルの屋上から突き落とした事件とかで世間が大きなショックを受けた。又医師の息子が勉強を強制されたとかで自宅に放火、家族を焼死させた事件、最近では成人となってはいたが、高校生の延長として考えねばならない、渋谷区で起こった歯科医師次男による殺人バラバラ解体事件である。妹を殺しただけでも大変なことなのに、その遺体を、のこぎりと包丁で切断し、ビニール袋に詰めてクロゼットに入れ、さらに使った包丁は血を拭いて台所に戻している。まるで魚を料理したみたいで、どんな精神状態でやったのだろうか、全く想像を絶する狂気沙汰である。
それにいじめによる児童の自殺等、今まで考えも及ばなかった出来事が頻繁に起こっている。昔、教わったが、動物一般、それと人間思春期までは、自ら命を絶つ行為はしないと言われていた。自殺するほど深刻には悩まず、また悩みをいつまでも持続しないのが子供の特質だと考えられていた。ところが昨今では、大人並みに悩み自殺までするようになったのである。
いじめには、言葉によるいじめ、態度によるいじめ、暴力によるいじめ、他にもいろんな種類がある。いじめなんて何時の時代にもあった。学校の生徒間だけでなく大人の世界、戦時なら軍隊内だって、今ならば会社内だって、組織内だって、家庭内では子供、又は夫婦間のドメスティックバイオランス、これらもいじめの一種である。今、政府がその対策を検討しているというが、いくら良い政策を作り実施しても、いじめは決してなくなるものではない。それは我々が集団生活を営み、競争社会を生き抜くため自然と沸いてくる人間の性みたいなものだからである。逆にこれが励みとなって活力を増して、勉強もし、仕事も頑張れ、それによって人々は日々躍進を続けていくのである。ただそれに打ち勝つパワーがあるか、へなへなと崩れてしまうかがその人の個性なり性格であって、子供の頃からその訓練をし、忍耐力を養うことが必要である。昔の子供達は、弱くても、歯を食いしばって、いじめっ子に立ち向かって行った。そうして大喧嘩の末、二人が一層の信頼関係を築き上げていったのである。
「切れる」という言葉をよく耳にする。昔は「彼はきれる」といえば「彼は頭がきれる」ということで頭脳明晰の人を指す良いことだった。何時ごろから危険な状態を意味するようになったのか知らないが、よく聞かないとその判断に迷うことがある。この言葉を簡単に言われるようになったのは、忍耐をなくし、すぐに暴発してしまう人が多くなってきたからであろう。
それはテレビゲームとかインターネットの普及が大きな原因だと思う。有害サイトが多すぎるのに、それを監視し、注意を促す、倫理観、道徳観のある優れた大人が少なくなってきたからである。パソコンを学ぼうともしない無知、無能な大人ばかりで、いまだにインターネットは子供達にとって自由奔放、やりたい放題の世界なのである。有害なのはアダルトサイトだけではないのだ。
以前ネットで日本のアニメを観た。タイトルは「ひぐらしの鳴くころ」でウエブサイトYOU TUBEより無料で配信されていた。1話から26話まであって、各話ごとに3分割され、合計で78もの長編である。1分割が約7分前後あり、全部観るとなると相当長い時間がかかる。
このアニメ、有害サイトの一つとして、子供達には絶対見せてはならない作品である。関西テレビ系で一般放映されたと書かれているが、時間帯は一体何時頃だったのだろうか? 古いアニメですから、すでに観ている子供達も大人になっています。
「死ね、殺す」とかの言葉が非常に多く、ヤクザがするように、爪を剥ぐ機械まで出てきて、けじめをつけさせるシーン、椅子に座ったまま死んでいる老婆を何度も足で蹴ったり、妹を井戸に突き落として殺す場面もある。ゴミ捨て場で手斧を持ち、歩き回る少女、死体をバラバラにしてビニール袋に詰め、その中の一つが裂け手首を覗かせ、その周りをハエが飛び交う光景とか、想像も出来ない程残酷なシーンが次々と出てくるのである。
アニメに出てくる少女達、どうしようもない程、可愛いくて愛くるしい。声とか言葉使い、仕草にも惚れ惚れする。ここに小学校低学年の少女が数人登場して来る。ところがこの少女たち「お社さまのタタリ」とかの理由で突然豹変し、殺人をするのである。そのくせ罪の意識を持たなくて、その怖さを一層感じさせる。死んだはずの生徒が再び登場したりしてストーリー自体にも問題はあるが、ただ怖がらせるために作ったとしか言いようがないアニメである。
もしこのアニメを常に活性細胞がいっぱいの脳を持つ児童に観せたなら、人殺しが良いか悪いかの判断すら出来ない人間に育つだろう。エントリーで述べた数々の事件を起こした少年達、このアニメをすでに観ていて、脳裏のどこかから魔の指令が出て、知らぬうちに実行してしまったような気がしてならない。