エジプトから移住して来た若者がいた。彼の名はアマと言う。彼の兄も現在ITの上級クラスに在籍し受講を続けている。19才と21才、二人とも非常に太っている。兄の方は一段とお腹が出ていて、まるで相撲取りのような体格だ。
彼らはバスで通学していた。ある日、教師の都合で授業の終るのが、大分遅くなった。そして彼らはバスに乗り遅れてしまったのである。彼は、遠慮がちに、私の帰る方角を確かめた。そして送って欲しい様子だったから、少し遠回りとなったが、同乗させてやることにした。
彼らは8年前に家族一緒でこの国へ永住してきた。二人がこの国で義務教育を受けている途中に母親が病死、あとは父親の手一つで育てられたという。父親はタクシーの運転手だったが、仕事と子育て両方で相当苦労したようだ。
アマはどちらかといえば社交的、兄はむっつりとしたインテリ型である。父親が仕事一筋で頑張っている、そんな姿を見て育った二人は、成績が優秀だった。
以来、アマは何かと私の名前を呼ぶようになった。冗談やシャレを云っては呼ぶ、それを休憩時間や授業中でもやるのである。私をからかって呼ぶのではなく、フレンドリーだったので、少しも悪い気はしなかった。
しばらくは聞き流していたが、彼が私の名を呼んだら、こちらも彼の名を呼び返してやることにした。彼は休憩のあと教室に戻るのがいつも遅かった。その時、大声で「Amma Where have you been?(アマーどこへ行っていたの?)」と云ってやるのだ。すると、彼はだまって苦笑いをした。
このコースの始まった頃は12名のクラスメイツがいた。五週目になったら、三人が来なくなってしまった。以前の電気科、電子科コースとまったく同じパターンである。千ドル近い授業料を払って、よくも簡単にギブアップが出来るものである。諦めが早いのは、この国特有で国民性なのだろうか?
クラスメイツのおばさんはずっと続いていた。彼女の名前はジャンと言う。年を聞くと失礼だと思ったのでやめたが、おそらく52才位だろう。廊下の椅子に座って、教室が空くのを待っていると、クラスで一番若い女の子が通り過ぎた。「私たちの娘と同じ年かな?」と言ったら、彼女は「いやいや我々の孫の年だよ!」と答えた。と言うことは、彼女はもっと年を取っているのである。
この国の学校では、私達のような年齢の者がクラスに混じって勉強していても、クラスメイツはごく普通の自然な態度で接してくれ、違和感などまったくしないのだ。本当に有難い環境である。
ジャンは建築関係の男性と同居していた。このような関係では、彼をパートナーと呼ぶ。休憩時間には、時々のろけとも云える、彼の愚痴話をよくしていた。彼女は今無職だが、パソコンが大好きで、将来そのサービスの仕事をやりたくてこのコースを受講した。考えることは誰も同じである。
2000年頃からITバブルが弾け、この職業も頭打ちとなってきた。若くて優秀で、どこかのIT関連会社にでも就職するのなら別だが、今から起業するとなるとそれは大変な努力が必要である。私の場合、すでにそれに近い仕事をしているから、この業界のことは大体分かっているつもりである。
アマはこれらの状況を良く知っていた。彼らは最上級クラスまで進み、サティフィケイトを取得したあと、エジプトへ帰国して事業を始めるという。エジプトでは技術者が不足し、どの企業も引く手数多だそうだ。IT産業はまだ初期段階でこれから加熱して来るという。まだ若いのに、彼らのしっかりした考えと目的意識に感心させられた。