年配の女性教官は各学生のワークシートや教科書の完成状況を徹底的にチェック始めた。テストにパスしていても、それらが済んでいないと合格点は貰えない。又その仕上がりを証拠としてフロッピィディスクに記録するのだが、オリジナルで、他学生のコピーは絶対許されないようになっている。
これは人によって進み具合は異なり、解答の内容も多少だが違う。終わったらチェックを受け閻魔帳に記入されるのだが、その判定基準が非常に厳しいのである。重箱の隅を突付くが如く、細かいところまで指摘して、やり直しをさせるのだ。しかもフロッピーディスクを確認しながらで、信じられない程時間がかかるのである。日数がたっぷりあれば我々としても有難いのだが、来週には重要なMSアクセスのテストも控え、その準備も必要である。
事務所からはすでにサティフィケイト3の申込書が届いていて、その締め切りが次週となっている。まだこのコースに合格してもいないのに、上級コースの申込書をし、学費を払う訳にはいかない。このまま行くと来週中も合格の判明する学生はいないだろう。くだらないコミュニケーションの科目にたっぷり時間を費やし、肝心の科目の時間数が足らなくなってきたのである。
16週目、とうとう最後の週となった。先週末に行われたMSアクセスのテストはパスした。基礎知識の出題が主で合格ラインぎりぎりだったが通った。これで四つの重要なテストは無事終了した。このIT2コースで私は一度も再テストを受けることなく、本当にラッキーだった。
今週中に追試を受けねばならない数人のクラスメイツがいる。彼らが可愛そうである。担当教官はまだクラス全員のワークシートと教科書のチェック中で、彼らは両方をやり遂げねばならないからだ。皆真剣な顔をして取り組んでいる。事務所からは申込書の提出を急き立ててきた。でも彼女は何事があろうとビクともしない態度で点検を続けているのであった。
最終日、それも午後の終了時間ぎりぎりになって、やっとすべてのチェックが済み、全員合格点を貰った。クラスメイツのほとんどが手直し作業で精魂を使い果たし、くたくたに疲れてしまった。上級コースへ進むなど、もうどうでも良い気持ちになった。その日に手続きを済ました者は誰一人もいなかった。
私は迷っていた。ITコースはせめてサティフィケイト3までは進みたいと思っていた。マーケットは土、日だけの営業で、今はそんなに忙しくないから、このまま継続するのが一番である。しかし今まで通学してみて、かなりハードなことが分かった。宿題も多くそれをこなしていく時間、その努力が大変だった。仕事を持っていないとか、又若くてこれからこの方面で就職先を探すのであれば別だが、とにかく次のセミスターは受講しないことに決めた。なによりも1300ドルもの受講料は出したくなかったからである。
級友アマは「ケンジはどうするのか?」と尋ねた。私は「次のセミスターは受講しない。しばらく休憩し、もしかしたら2年後、六十才の還暦記念に再入学するかも知れない」と答えた。
その一週間後、左脇下から腰にかけての皮膚が急に痛くなり出した。ぶつぶつが出て、それに触れるとヤケドをしたようにぴりぴりと痛むのである。虫さされか、それとも何かにかぶれたのかなと思ったが、全く心当たりがない。それが日々ひどくなってきたので医者へ行くことにした。
シングルス(帯状疱疹)であった。この国では伝染病の一種に指定されているのだろうか? 医者はどこかへ電話報告していた。そしてその感染源を詳しく問うた。私は「もしかしたら学校で感染したのかも知れない」と、答えた。人に聞くと、帯状疱疹は強いストレスによっても起きるという。それなら思い当たる。学校の授業で終盤になってから、今までにない程の緊張感を覚え、大きなストレスとなったのである。
続けて上級コースを受講しなくて良かった。やはり寄る年並みには勝てないというところだろう。