母に試験はちゃんと受かっていたと連絡した。


そうしたら、良かったねー!

って泣いて喜んでた。


ここまでは良かった。

普通にありがとうと言って。


そしてここからいつもの母節?スタート!



やっぱり頑張れば、努力すれば認められるでしょー。

頑張んないとだよね!

努力すれば、頑張ればこうやってあんたも認められるでしょー!

これで堂々と人に(私が)宅建受かったって言えるわー!


的なことをつらつらと…



やっぱり私は頑張らないと認めてもらえないんだ。

努力し続けないと、頑張り続けないと認めてもらえないんだ…。

ありのままじゃ、こんな私じゃダメなんだ…。

私は世間に、他の誰かに認めてほしいんじゃない!

あなたに認めてほしいんだ!

頑張っても頑張らなくても、努力できないくても、

ありのままの私の存在を認めてほしいんだ!


これでまた私は、地方の田舎に住む母の自慢の娘になった。



母の言葉を聞いて、怒りと悲しみ、失望が湧き起こり、途中からの話はほとんど覚えていない。



そして、絶望した。



やっぱり母にはわかってもらえない。

ありのままの私の存在を認めてもらえない。

もう諦めよう。


私は母の心をケアしたり満たすために生きているんじゃない。


私は私のために生きているんだ。


消したくても消せない母の存在感。


私の感覚としては、足を骨折しても走り続けることをやめられない。骨折してるのに平気なふりして、もっともっと頑張るね!といって走り続ける私。

そうだ!!頑張らないと!もっと努力しなさい!頑張りなさい!頑張ればらないと誰からも認めてもらえないよ!と言って呪いをかけ続ける母。


こんな感じ。



疲れた。


母の呪縛が解けるまで、あともう少しのところまで来ている気がする。

でもそのあともう少しが乗り越えられない。



こうして書いている今も、母のことをこんな風に思っていることに対して罪悪感が出てくる。




これが母なりの愛し方なのだ。


いつも私を心配して鼓舞する。


もう解放してほしい。


私の足はボロボロで、走るどころか歩くことさえ辛いんだ。両腕も怪我してるし、頭から流血もしてる。

本当は安心できるところで立ち止まって、怪我を治したい。

怪我が治ったら、勝手にまた歩き始めるからさ。

心配されると立ち止まることができないよ。

あなたを安心させたくて、喜んでほしくて、自慢の娘でいたくなっちゃって、走り続けてしまう。



きっと母に伝えても理解してもらえない。

もう諦めよう。


母を悪者にしたいわけじゃない。

愛情があるのは、痛いほど分かっている。


ただ、信じて欲しかった。

あんたなら大丈夫!って言って欲しかった。



自分が嫌だったことを子どもたちにはしない。

私が今できるのは、このことだけだと思う。