「J.BOY」に収録されているシングル曲

 

「もうひとつの土曜日」後編 

 

 

昨夜眠れずに泣いていたんだろう

彼からの電話待ち続けて

テーブルの向こうで君は笑うけど

瞳ふちどる悲しみの影

 

息がつまる程 人波に押されて

夕暮れ電車でアパートへ帰る

ただ週末の僅かな彼との時を

つなぎ合わせて君は生きてる

 

もう彼のことは忘れてしまえよ

まだ君は若く その頬の涙

乾かせる誰かがこの町のどこかで

君のことを待ち続けている

 

振り向いて

探して

 

君を想う時 喜びと悲しみ

ふたつの想いに揺れ動いている

君を裁こうとする その心が

時におれを傷つけてしまう

 

今夜町に出よう 友達に借りた

オンボロ車で海まで走ろう

この週末の夜は おれにくれないか

たとえ最初で最後の夜でも

 

真直ぐに

見つめて

 

子供の頃 君が夢見てたもの

叶えることなど出来ないかもしれない

ただ いつも傍にいて手をかしてあげよう

受け取って欲しい この指輪を

受け取って欲しい この心を

 

 

 

 前編からの続きです

 

 

「前も話したけど俺の家の隣り小学校なのね」

「うん、言ってたね」

「運動会って10月じゃない

 だいたい9月ごろから運動会の練習が始まるでしょう

 そうすると聴き慣れた行進やら競技用のBGMが

 ガンガン聴こえてね」

「うるさいの?」

「いやそうでもないよ

 聞こえたとしても「ああ〜そんな季節か〜」だし

 平日学校がある時は仕事に行ってるから」

「そうかそうか」

納得顔で彼女が頷く

「9月、家の頼まれ事で半日有給を貰って

 たまたま家にいた時に聴こえたのよ」

「BGM?」

「そう、それもフォークダンスのね」

彼は楽しそうに笑いながら話を続ける

「裕子ちゃんも小学校であったでしょう?」

「あったね〜しっかり〜」

彼女も声を出して思い出し笑い

 

週が変われば3月になる日曜日の午後

空気は冬らしく厳しく冷たい

でも外気の当たらない二人が座る窓際の席は

陽が優しくぬくもりを与えてくれている

 

 去年から約束していた「マルサの女」の映画を

午前の時間帯で観に行き、現在13:30

いつもの行きつけのホテルのレストランで

ランチをとっている

そして二人とも小学校の運動会で経験した

フォークダンスの話題で盛り上がっていた

 

「クラスで男の子と女の子の数が合わないと

 どちらか数合わせで誰かが反対側で踊らされる」

彼はあるある話を面白く話すのが得意である

彼女は大きく頷き笑っている

 

彼は「オクラホマミキサー」と「マイムマイム」を

上半身だけで踊りを再現しながら

彼女だけしか聞こえない小さな声で歌い笑わせる

「マイム、マイム、マイム、マイム

 マイム、セッセッセッ!」

「セッセッセッ!じゃなかったかな~何でもいいや」

二人とも声を抑えながらの大爆笑

 

「どんどん好きな女の子が近づいてきてさ

 ドキドキしながら踊っているわけだわ」

「次の次で彼女と踊る順番が来る~って時に

 音楽が終わり全員一旦停止、

 もう一度最初から音楽がかかり始めると

 逆回りになるんだよね」

「ここで逆回りかよ~~ あの娘が遠ざかる~~」

「片手つなぎをしたまま、男の子が手を上にあげて

 その下で女の子がくるりと横に一回転する

 振り付けあったでしょう~?」

「一番背の高い女の子と一番低い男の子になった時

 最悪だからね~」

「必要以上に手に汗かいてたよね~

 爬虫類かよ~ってぐらい、べたべたな手だったわ」

 

このフォークダンスの思い出話と彼のあるある話が

彼女のツボにはまったようで

左右の手のひらをお腹にあて

「腹痛いわ~」と大爆笑している

 

 

盛り上がった所でしばらくブレイクタイム

二人とも黙って窓の外を観ながら飲み物を口にする

 

「陽が暖かくてウトウトしちゃいそうね~」

彼女がまぶしそうに眼を細め

傾きだした窓の西日の方へ視線を送った

 

食事も済ませ

二人ともアイスのウーロン茶を飲んでいる

 

昭和50年代半ばに

サントリーの烏龍茶の缶が発売され

さっぱりとした口当たりが受け

メニューに欠かせない飲み物として

昭和後期から現在に至るまで一気に広がった

 

「軽くアルコールでも飲む?」

彼女は彼に視線を戻し小さく左右に首を振る

「今から実家に帰るから」

「そう言ってたね」

 

 彼女の実家は彼が住んでいる町の隣町だが

その間には県境でもある大きな一級河川が流れており

隣町だが違う県である

彼が通勤で使用している国鉄の駅

その本線の延長線上に彼女の実家の最寄りの駅がある

国鉄はこの2か月後の昭和62年4月に

民間鉄道会社JRとなる

 

「あのね、お正月に話した実家に戻るって話ね」

「うん⋯⋯言ってたね」

「決定なの、弟が希望通り東京の大学に決まったから⋯」

「そうか、弟さんおめでとう」

「ありがとう」

 

 彼女の家族は何年も前に県営住宅を出て

県庁所在地の町の駅近くに大きな中古マンションを購入し

彼女が高校を卒業するまで4人で住んでいた

彼女の入学した大学は隣の県だが実家から距離があり

通学は難しいのでアパートを借りて下宿していた

就職が決まってもラッシュの過酷さに難があったが

通勤に電車1本だったのでそのアパートに住み続けた

 

「来月中旬に弟の東京引越しが終わったら私の番」

「ご両親は喜こんでいるだろうね」

彼女は目を伏せ小さく微笑む

「父が喜んでるって…」

「だろうね…」

 

 

 ーやっとアパート出るんだ…

  もう9ヶ月も経ったんだな〜

  少しずつ薄れてきたんだろうけど

  きっと部屋にはまだまだ

  いくつか思い出が残ってるんだろう

  そんなアパート早く出て実家に戻るのは大賛成

  だけど興味無いふりを徹底するよー

 

 ー数ヶ月間の短い期間とはいえ

  彼女が付き合っていた人は俺の直属の上司の係長

  奥さんが初出産のため早めに実家に帰っていた間

  二人が殆どの週末に一緒に居た事や

  彼女が本気で係長に好意を寄せていた事

  彼女のアパートの部屋に係長が何回も

  訪れているであろうと想像も容易につく

  悲しい事に

  僕は本気で彼女に好意を寄せていただけに

  余計に気付いてしまっていた

  臆病で気の小さい僕は定期的な飲み会でも

  誰にも悟られないように

  ドキドキハラハラしながら二人を見ていたー

 

 ーあの頃の僕はいつも心の中で

  上司の彼を恨んだり、時に彼女を恨んだり

  無意識に彼女を「悪女」として責めたり

  頭の中で一方的に裁いていたりしていたー

 

 ー頭の中で彼女を責めたりする度に

  「いったい俺は何様?」

  「うじうじしていないで彼女に告白して

   彼女を奪えばいい!」などと

  自己嫌悪で自身を責めたり、自問自答しながら

  感情の置き場所に困り

  一人で泣いていたりしていたー

 

 

  君を想う時 喜びと悲しみ

  ふたつの想いに揺れ動いている

  君を裁こうとするその心が

  時に俺を傷つけてしまう

  

 

 ーでも僕は決心している

  僕の中で「彼女と係長の事」は

  全く知らない事とした

  そう全く初めから無い事になっている

  永久に口にする事も無いし

  彼女が何を話そうとしても聞くつもりもない

  彼女がどう思おうと申し訳ないがどうでも良い

  元々何にも知らない事として貫くと決めているー

 

 ー彼女は非常に賢く優しい人だから

  自分自身の恋心と相反する呵責

  相手の家族への想いや相手の気持や立場など

  自身の事よりも相手の事を多く考えて

  もちろん自身の恋心も合わせ

  全て抱え込み整理し悲しんでいたはず⋯⋯ー

 

 ー彼女のそんな気持ちが少しづつ和らいでいくさまを⋯

  彼女が彼の事を思い出しそうな時間を潰すため

  頻繁に彼女を誘って

  彼女の心の行方だけを僕は鈍感ぶって見つめていくー

 

 

 

そんな事をぼんやり考えていたら

 

「そろそろいいかって…」

 

右手の指先でストローを軽くつまみ

グラスの中のキューブを小さく揺らしながら

彼女が彼の眼を見ながら口を開く

 

「今までみたいに誘ってくれなくなるのかな?」

 

吸い込んだ煙草の煙を軽く天井に口を向け吐き出し

「何の話?」

「だ、か、ら、」

彼女は一文字一文字、節を付ける

「私が実家に引越したら誠君は今までみたいに

 誘ってくれなくなるのかな〜?って事」

 

「何で?」

小さく笑いながら彼は言う

 

「誠くん…全部分かってて…優しいし…

 馬鹿な同期に気を遣ってくれてたんだよね」

 

彼女は瞬きもせず彼を見つめる

まるで

「今日は全て考えている事を全て話して貰うよ」と

決心しているかのように⋯⋯

 

彼は少し声を出して笑う

「言っている意味が良くわからないけど⋯⋯

 どうして誘わなくなるの?考えすぎじゃない?」

 

 

 ーいや、本当は言っている意味は良く分かるよ

  でもこの話に関しては誤魔化しながら

  心にもない事をずっと言い続けるから⋯⋯

  ⋯⋯ごめんね⋯⋯ー

 

 

笑いながら彼は続ける

それどころか通勤の電車や方向が一緒になるから

 調子に乗って今まで以上に誘ってしまって

 嫌がられないようにしないとな〜と

 思ってるぐらいだよ」

 

彼女はしばらく言葉を返さず彼を凝視したまま

そして表情は真面目なままで言葉だけ大きく緩める

「ほんまかいな?」

 

彼女はこれ以上は無駄と悟っている

いつもの彼女の癖だ

話や空気を変えたい時は良くこんな手法を用いる

 

「なんで関西弁なん?」

彼も間髪入れず乗って突っ込みを入れる

最近お互いに慣れてきたのだろう

”お約束”のやり取りで話題を変えていく

 

ふたりとも氷で薄くなりかけたウーロン茶を

ストローで飲みながらまた窓の外に視線を向ける

 

「小学校の頃さ、土曜日に半ドンで帰ってくると

 必ず吉本新喜劇やっていたよね」

彼の関西弁つながりの思い出話に彼女は短く笑い

「やってたね~みんな観てたね~」

 

 事実、中部地区ではCBCテレビで50年半世紀以上

土曜日のお昼に「吉本新喜劇」を放送していた

その為、この地区の子供たちはみんな

男の子も女の子も新喜劇のネタや

この番組で覚えた下手な関西弁を使い

自然に学校で言い合って笑っていた

 

「裕子ちゃん

 実家への引越しが終わったらの話なんだけど」

「うん?」

「どこか一日、土曜日の午後から夜も空けて欲しいんだ」

「どうしたの?改まって?」

彼女は首を軽く傾げ微笑む

「いつも電車や地下鉄や徒歩じゃない?」

「うん?」

「地元の連れからオンボロだけど車借りるから

 前言っていた町のレストランに行って

 そのあと海までドライブに行きたいんだけど?」

「どうしたの?」

「なにが?」

お互いに質問に質問で返しあう

「いつものお誘いパターンと違うから⋯⋯」

「違うことをしたがる年頃なのさ」

彼の冗談に二人同時に笑い噴き出す

「いいよ」

彼女の了承に彼は冗談ぽく大袈裟に居住まいを正した

「じゃあその週末の夜は俺がもらいます」

彼女は声を出して笑いながら一層乗ってくる

「もしかして私、どっかにさらわれちゃうの~?」

 

二人は大爆笑

周りの人達に迷惑かけないよう声量をきちんと意識して⋯

 

 

 

 

 

 新年度になって最初の土曜日の午後

国立大学のキャンパスと高級住宅街が入りまざった街

大きな丘陵地を都市計画通りに開発したであろう

美しい街並みと地名

そんな通りにある洒落たレストランの中

 

二人は遅い昼食を済ませ

今はビールのおつまみとして

「カイワレ大根」がメインのサラダが入っている

ボウル状の深い洒落た皿の中を

二人でフォークでつつきながら口に運び

独特な辛みを愉しんでいた

メニューには「気まぐれシェフのカイワレ大根サラダ」

 

この頃から流行り出したメニュー名のつけ方

「気まぐれシェフの〇〇〇」

なぜか「カイワレ大根」もこの頃流行っていた

 

彼は右手のフォークの櫛状になっている先の部分に

カイワレの葉を器用に数本引っかけて口に運ぶ

左手の指先には火を点けたばかりのセブンスター

 

そんな彼を見たあと微笑みながら

彼女はグラスの縁に付いた薄いルージュのあとを

指先で軽く拭っている

 

食事中の話題は人事異動の事が半分ほど占めた

二人ともこの会社に新卒で入社して4年目の春

満3年というと社員として社会人として

ある程度、的確に客観的に見たり判断でき始める頃

 

彼の直属の上司、彼女の元カレも

部署移動は無いが勤務地が替わった

本社を離れ隣の県の大きな営業所へ移動した

細かい人事考課が備わった会社で

等級も上がり役職も課長となり

早い出世とも言える昇進昇格での異動である

 

二人とも”会社で良く知っている人”なので

話題から外すわけにはいかない

きちんと”普通の話題として”話を処理する

特に彼は彼女に悟られないように

神経質に多くも少なくもない量で話題を捌く

彼女が彼の気持ちに気付いている気付いていないは

この場合は関係なし、あくまでも普通に話を捌く

 

二人の同期も一人、異動で完全な転勤となった

二人とも順調に等級も上がり

彼には「主任」の役職も付いた

 

先日、仕事帰りに「お祝い」と称し

彼は彼女に食事をおごってもらったばかり⋯⋯

 

 

煙草の煙を天井に向かい吐き出しながら

彼は天井に目をやり一点を見つめた

流行なのかこの頃よく見かける

おしゃれなカフェの高い天井に

大きな扇風機のように取り付けてあるプロペラ

意味も無さそうにゆっくり回っていた

 

「あの扇風機みたいな飾り、最近多いね」

「シーリングファンね」

唇の端で少し笑いながら

「インテリアの色合いが強いんでしょうけど

 多少、空気の循環もさせてるらしいよ」

「そうなんだ」

「暖房の温かい空気は上に溜まるし

 冷房の冷たい空気は下に溜まるから

 人には余り感じさせないくらいのゆっくりした

 スピードで回して空気だけを循環させるんだって」

「裕子ちゃん、良く知ってるね」

ファンを見上げていた視線を彼に戻し

「この前、美容室で読んだ雑誌に書いてあった」

 

この頃から

女性だけでなく男性のファッションや

観光やドライブからアクセサリー、趣味系統

インテリアなど様々な分野の雑誌が

雨後の筍のように出ては、ことごとく廃刊になっていった

 

有線BGMから

松田聖子の「SWEET MEMORIES」が流れていた

タイアップ商品として数年前から

ペンギンズバーの缶ビールが流行り

曲も大ヒットした

 

「最近見ないよねペンギンズバーの缶ビール」

「なんか数年間の限定じゃなかったかな?」

「流行ったよね〜」

 

彼女は小さな声で英語の箇所を歌い出した

 

「Don't kiss me baby〜

 We can never be~

 

彼は微笑みながら

「相変わらずうまいね~聖子も顔負けだ」

「今度、最近流行のカラオケBOXで

 バービーボーイズでも一緒に歌うか」

「いいわね~誠君がコンタで私が杏子ね」

 

 などと会話しながら

これまた流行のバドワイザーライトのボトル瓶から

小さなビアグラスにお互いにビールを注ぎあう

この瓶キャップは栓抜きは必要なく

手で回し開けるタイプの物だった

 

 

地元の連れに借りた

10年目を迎えるセリカクーペ

発売当時はデザインも若者に大うけし話題の車だったが

最近は下火である

弟的存在でデザインの賞も取った

セリカリフトバック2000GTというスポーツカーが

「カッコイイ~!」と誰にも言わせ

人気が一斉に流れた

 

この頃は男の子にとって、車は「神器」

日産も超人気車が多く

フェアレディZシリーズ、スカイラインシリーズ

話始めればキリがないので止めます(笑)

 

「この車も10年車なんだよ、ボロいよね」

「私は良くわかんないけど⋯⋯」

「でもこのカーステレオいい音でしょう?」

「いつも連れはこのロンサムカーボーイ

 ロンサムカーボーイってのは

 このカーステレオの名前ね

 いつも自慢ばかりしててね」

「ほら、このインジゲーターが虹色に光ってさ

 カッコイイのよ」

 

飲酒運転は絶対にダメです!

酒気帯び運転も絶対にダメです!

ただこの昭和時代の頃は本当に緩かった

今、思い出しても本当に恐ろしい時代です(笑)

 

 

朝から細かい雨が降り続いている

 

1981年に大ヒットした大瀧詠一のアルバム

「A LONG VACATION」

この数年間どこへ行っても

アルバムの中の曲、全曲とも良く流れている

当然、彼もLPレコードからダビングした

SONYのAHFカセットテープを持参して

カーステ(カーステレオ、笑)でかけている

自身で作ったオムニバスのテープを

何本も入れている木製のケースを持参して⋯⋯

 

 

 「壊れかけたワーゲンのボンネットに腰かけて⋯」

 

大瀧サウンドが流れる

二人はおしゃべりを止めて

しばらく「雨のウエンズディ」の曲と

雨音が聴こえるドライブを愉しむ

 

 曲が終わり次の曲への短いブレイク

「雨のウェンズディじゃなく、雨のサタディだね」

彼の言葉に表情だけで笑う彼女

彼は元気よく歌い出す

「S、A、T、U、R、D、A、Y、NIGHT」

「S、A、T、U、R、D、A、Y、NIGHT」

彼女は大きな声を出して笑う

「流行ったね~」

笑いながら

「私も好きだったわ~ベイシティローラーズ」

それを聴き彼が間髪入れずに

「タータンチェックでつんつるてんのズボンだよね~」

彼女は手を3回叩き爆笑している

 

 

 ーやはり君は笑顔の方がいいー

  淋しそうな顔は似合わない⋯⋯―

 

 

 海岸線沿いにある大きなレストランと

公営の景観スポット用に作られた共同駐車場に入り

海側のスペースに車を停めた

晴れならば、今の時間は夕日が真正面に沈んでいく頃⋯

でも今日は一面グレー一色の景色

何種類ものグレー色で構成されている雨の海の景色

 

 

  ー仕方ないな、天気だけは⋯ー

 

 

彼はおもむろに話を始める

「裕子ちゃん、実は真面目な話があるんだ」

「うん?」

彼女はいつもの慣れ親しんだ彼とは違う雰囲気を感じている

 

「今まで裕子ちゃんとはご飯食べたり、お酒飲んだり

 映画を観に行ったり色々お付き合いさせてもらった」

 

彼女が微笑みながら質問のように返す

「友達以上恋人未満⋯⋯ってやつですか?」

二人とも同時に短く笑う

 

 この頃かな~「友達以上恋人未満」という表現が

世の中でやたら流行り出したのは⋯⋯

分かったような分からないような表現

きっと個々の価値観や恋愛観で

この曖昧な表現のとらえ方が違うのでしょうね

 

 

「大袈裟な表現するなら⋯⋯⋯

 今日はね一大決心をして裕子ちゃんを誘ったんだ」

 

助手席から彼女が彼の横顔をじっと見ている

 

 

「本当に真面目に⋯⋯

 今まで一切、言葉にした事のない⋯⋯

 今まで心の中だけにずっと置いていて

 外に出さなかった思いや気持ちを言わさせてね⋯⋯」

 

 

彼はセカンドバックを手に取り奥にしまってあった

指輪が入っている小さな布製のケースを取り出した

 

指輪のケースの上蓋を開け

指輪を控えめに見せながら

 

「俺と結婚して欲しいんだ…」

話慣れているはずの彼女に照れ気味に伝える

「結婚を前提とした彼女になって欲しい⋯

 簡単に言うと婚約者として付き合いたいんだ」

 

「上手く言えないんだけど…」

少々自信無さげに前置きをして
 
「裕子ちゃんが前に話してた子供の頃から夢見てた事や…
 この先「私はこんな風でありたい…」とか
 「こんな生活をして行きたい⋯」とか思う事を…
 僕は全て叶えてあげる事ができないかもしれない……
    けど……」
 
 
しばらく二人とも黙り
静かな時間の中、雨音だけが規則的に聴こえる

あるシンガーが書いた曲に

 
「ボンネットに弾ける雨に包まれて⋯⋯」
 
というフレーズがある
そんな規則的な雨音に包まれた二人と
表現した方がこのシーンはしっくりくる
 
 

黙ったまま目に涙を溜めている助手席の彼女

 
 彼女に対する想いはキチンと伝えようと決心している
 
 
 ーカッコ悪くなっても
  三文芝居のようにくさくなっても
  絶対に照れずに言いきろう
  自分ヨガリにならないように⋯⋯
  本心をずっと抑えて
  1年間ずっと君のそばで
  君の心だけ見つめてきたから⋯⋯
  こんな機会は
  きっと最初で最後になると思うから⋯⋯ー
 
 
    真直ぐに⋯⋯
    見つめて⋯⋯
  
 
静かだがしっかりとした口調でゆっくりと彼は続けた
 
「⋯⋯うん⋯⋯
 叶えてあげられないかもしれないけど⋯⋯
 ⋯⋯でもね⋯⋯
 俺はこの先ずっと⋯⋯どんな時でも⋯⋯
 君のそばにいて⋯⋯君の隣にいて⋯⋯
 君が幸せに暮らせるように⋯⋯
 いつも手を貸してあげたいと⋯⋯
 心から思っている⋯⋯」
 

 

黙って聞いていたが

涙が溢れてしまった彼女は

今まで見つめていた運転席の彼の顔から視線を外す
溢れる涙を拭う事もせず
雨が落ち続ける真正面のフロントガラスの1点に視線を移し
彼の言葉を聞きながら、静かに、小さく、頷いている
 
 
「この指輪⋯⋯」
 
「⋯⋯それと⋯⋯
 受け取って欲しいんだ⋯⋯
 俺の心って言うか⋯⋯俺の君への想い⋯」
 
 
雨は変わりなく
強くも弱くもならず一定のリズムで
規則的に降り続いている
 
 
彼女も変わりなく溢れる涙を拭う事もせず
雨が落ち続けるフロントガラスの1点を見つめ

彼の言葉を聞いている

 

 

この1年間、互いの恋愛めいた話を一切せず

いつも一緒にいてくれた沢山の時間や

今、優しい口調で話してくれている言葉が

彼女の頭の中で何重にも何重にも交差して

溢れる涙を止めることができない

 

 

「裕子ちゃん⋯⋯裕子さん⋯⋯

 ⋯⋯俺はあなたの事が好きです⋯⋯

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯心からあなたを愛しています⋯⋯」