おはようございます。
親子の絆づくりサロン「Blessing」の小宮山芽生こと、こめぐです。
今日も芽生’Sストーリーシリーズです![]()
第43話は、【東日本大震災の日】です。
第42話は、こちらから。
育児と介護の生活を受け入れていくしかない。
義父のフォローは病院でしてもらうとして
義母の動転具合が気になり傾聴を中心に、
今の父の状況説明をしていきました。
そして迎えた3月11日。
東日本大震災の日。
当日は週1回の老人ホーム勤務の日でした。
さあ、時間になったからあがろうとカルテ記録を書いていました。
そしたら、ぐらっと大きな揺れを感じました。
もう一回揺れを感じ、すぐTVで確認しました。
ニュースを見て地震の大きさを知りました。
ホーム入所中の方には怪我もなく、
ホーム自体も無事ということで私もすぐ家に帰ることにしました。
お迎え時間までに帰宅できるだろうか?
不安がよぎる中、いつも利用している地下鉄に行くと閉鎖![]()
仕方ないバスにするか
バスが通っている大通りに出るとすでにバスは乗客が沢山![]()
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さて、どうしたものか?
2日前にホームに忘れ物をしていたため、
車で取りに来た時に通ってきた道を覚えていたのがツキでした。
園にも電話が通じず、仕方ない、後でするとして…
歩くしかないと決め、歩き始めました。
バックにはお昼に残しておいたパンと水。
ちょうど歩きなれたブーツでした。
階段を上がり、降り、橋も渡り・・・
ぞろぞろと多くの人が歩いていました。
夫とも連絡が取れずにいたら、一回だけつながりました。
「俺が子ども達を迎えに行けるから」
「ありがとう。よろしく」
それだけでしたが、やっと安心できました。
それからは歩くことだけに集中し、
最寄りの駅まで行くバスを見かけ、
バスに乗って自宅まで変えることができました。
老人ホームを出て自宅に到着したのが20時過ぎ。
いつもは40分の通勤時間を
なんと片道4時間半かけて帰宅しました。
帰宅して家族に再会した時、
もうなんともいえない、
「生きていてくれてありがとう!」の気持ちでいっぱいでした。
<続>



