「だいじょうぶ、3組」を観て、ホームページを読みながら、熱い気持ちになりましたハート?


乙武さんとはるかぜちゃんの対談がある所を読みがら一番共感した所がまさにこの内容です。

http://twinavi.jp/interview/ototake/5


乙武さんが言われるように

「日本は障害をもっていることに焦点をあてた取りあげ方になりやすいけど、障害を持った人がそこにいることが普通という状態になったらいいなと思っている。そのためにメディアが果たす役割は大きい」


現在義父が片麻痺になり在宅をする中で、私はこれまでも片麻痺の方に接してきたので何も抵抗はないのですが、旦那さんや義母にとっては衝撃が大きいと思います。

当たり前のことが当たり前ではなくなった・・・といった感じでしょうか。



きっと私が家族にいなかったら父は外食も行く機会を持てていないかもしれないな~なんて思ってしまうほどです(苦笑)



私にとっては本人(父)という存在が及ぼす影響、家族のメンタルケア(特に母)の方で大きな学びでした。今も続行中ですが・・・。



話は戻して、赤ちゃんを乗せるべビーカーで電車や街中の移動がどれほど大変かを知った時、障害の方のお気持ちが解った方は多いと思います。



ここ数年でかなり街も移動しやすくなってきました。



それに杖を持っている方、車いすで移動している方、多くなりました。でもこれは都内だからかもしれないです・・・。



もっと身近に障害を持って暮らす人々と触れ合う機会、そして障害の方が気軽に集える店、増えるといいな~。(今回私が話しているのは身体的障害が主ですが、それ以外の方も含めて)



以前40代の主婦の片麻痺の方が「もっとおしゃれなデザインの靴があればいいのに・・・」とお話しして下

さいました。


もっとこれから障害の方のニーズを受け入れてくれる社会になって行くのだろうと思いますひらめき電球



そして、きっと子どもたちに与える考え方は変わります。



私も今回私の環境ではどうだったかな?と思い出してみました。

そう、そうでした!!


片麻痺になった祖々母と中学1年生の時に数カ月だけ同居していたことがありました。

新居になって、お部屋ができたので自宅に戻ってきた形で、3か月在宅を過ごした後に亡くなりました。


その3か月毎晩話をしに行っていたな~。

当時剣道を習っていて、夕飯をお部屋まで運ぶなどでしかお部屋には足を運んでいなかったけれど。祖々母と話す時間はのんびりだったな~ヒツジ



ふと、そんな頃を思い出しましたチューリップオレンジ



きっと現在義父のリハビリを時々している私を見る娘たちも横で遊んでいるけれど、何か感じてくれているものはあるんだろうな~と思います。



みんなちがって、みんないいもも


とっても大事なことですねラブラブ