記事の更新が遅いのですが、自分の原点の気持ちをここに残しておきたいので載せてみました
誕生学総会のトークセッションでは「誕生」について想い、翌日は極限のようである「死」について想うことがありました
お仕事ではどちらかというと「死」について考える機会が多いのですが、対象の方々はあまり「死」を意識したお話しをされません。
私の経験からですが、「早く死にたい、生きていても意味がない」といった発言をされる方が多いです。
自分の老い方を受け入れられないというか、考えないようにしている印象があります。
そうかと思うと、先日お話しする機会を持った100歳の女性からは「毎日が学びです」
と言われるだけあって、人への感謝が深いかたもいらっしゃいます。
車社会になって「ドライブが趣味」で車椅子の今もご家族が数日おきにみえられ、施設の周囲をドライブに連れて行ってもらっています。
そのために日々の移乗動作を頑張っておられます。
人はどう生きるか?何のために生きるのか?
永遠のテーマみたいだと思っていました。
最近は、幸せや感動を味わうために生きている。生きていきたいと考えます
誰もがこの地球に誕生すれば、いつかは死を迎える流れになっています。
「生」と「死」は、一見正反対のようですが、あの世を光の世界とみたとき、光の世界から「くる・かえる」とも考えられます。
地球人である期間をどういうふうに過ごすか、いかに幸せに生きるかを目的にして、いろんな体験
を学びにきているんですよね。
身体は借り物で、光の世界には持って行けませんものね。
先月からレイキカウンセラーⓇ養成講座
というコースに通っています。
毎回課題が出て、参加者の方同士のMLもあります。
ご一緒したみなさんの住まい、価値観、職業、年齢も様々のなか、真摯に課題に取り組む姿は美しく、いつも新鮮な気持ちを分け合って頂いています。
今回の講座テーマは、「いのちの敬意を呼び起こす」でした。
「常に死を意識して生きる(心地良い死生観を持つ)」の考え方は、日常の人間関係でも生かされる内容
で、人の出会いは「一期一会」だからこそ目の前の相手を大事にしようと思えるのだと思います。
3・11後、人のいのちの尊さがテーマになっているし、「絆」が強く叫ばれている中、「死」を身近に感じると
人との出会いを大切にしようと尚更思えます。
身近な人ほど難しく思えてしまいやすいんですけどね・・・・(笑)
以前、医療の現場で働いていた時には、人生には限りがある。と頭では理解をしていても、担当させて頂いた1人1人の死に本当に向き合えていただろうか?と今更ながら疑問を残すところがあります。
その体験が今の私に気づきを与えてくれているのですが。
講座のアートワークでは自分のもっとも望ましい、最善で最高な「死」をテーマに、絵を描いてみました♪
描いている最中自分は笑っている、微笑ましい気持ちになりました。
描き終えてみると、満足した充実した気持ちで旅立ちたい。
「生」を全うした生き方をしたい!!!につながりました。
講座では、「死」をネガティブにとらえていると、死を意識することは、こわくて恐ろしく避けたいものになり、「死」を意識して生きたら、本当に大切なことを大切にするのに、人生を投じたいと強く思うようになる。
自分がいつこの世を去っても後悔することのないように生きる。
関わってくれた人全員にありがとうと言って去っていけるように生きる。
そう想うだけで、目の前の出来事の捉え方が変わる。という話がありました。
どんな人でも「誕生」の時はピュアでキラキラ輝いて生まれ、「死」という区切りがあるから一瞬一瞬を大切に生きられる。
まさに私が真似したい生き方の詩の内容でした。
とっても大好きで、一時期トイレに飾っていました。知り合いから届いたはがきです。
あなたが生まれた時
あなたは泣いて
周りは笑っていたでしょう。
だからあなたが死ぬ時は
周りが泣いて
あなたが笑っているような
人生を歩みなさい。
アメリカ先住民の諺
「死」と「誕生」のつながりを意識できた週末となりました
発芽*レイキアカデミー のこと葉さん、ホトケさんを始めスタッフの皆さま、参加者の皆さま、いつもありがとうございます
生かされているこのいのちをもっと愛おしく感じていきます~
∞愛と感謝をこめて∞