【テーマ・どうとく】
ひとはどんなとき深く傷つくのか。
ヒトの個体としての身体と
そこを根城に息づく精神を
とりあえず「ひと」だと仮定して
しばし自由に思いを巡らせてみると
わたしたちは生まれ落ちた瞬間から
成長や老化という言葉に紛れて
無数の傷を無自覚にその身体に
刻み込んできたことに気づきます。
予め備えられた豊かな治癒力が
酸化した肉体を中和したり
切れた神経を修復しながら
ヒトとしての個体を保つ傍らで
肉体に宿る精神もまた
目に見えない細やかな傷痕を
新たにこしらえたり癒したり
しているのです。
わたしたちはただ生きているだけで
数えきれない傷を負うよう定められた
地上の有機体の生物です。
かたちあるものみな壊れるように
肉体はいつか必ず滅び
無駄なく後世に役立つように
腐って分解することのできる
生身の身体で生きていて
いつか壊れるものである以上
その未来を憂いてこころを痛めるのは
ほんとうに自然なことだと思います。
これ以上ひとを深く傷つける
気づきはないと思います。
わたしたちは誰もがみんな
幼い子どものころ
初めて死の存在を知ったときの
大きな驚きと深い傷つきを
必ず経験しているのです。
けれども
わたしたちは
そんな壮大な哀しみを
すでに抱えておきながら
それはそれ
非日常の世界のことと
こころの隅っこに押しやって
極端な傷ばかりに目を向けます。
いまや日常は
油断すると致命傷を負わされる
危険な刃に満ちているので
無理からぬことと思います。
人間がよかれと思って
つくり出してきた多くのものの
弊害や副作用に知らぬ間に傷つき
人間がよかれと思って
つくり出してきた社会の仕組みの
矛盾や不平等に知らぬ間に傷つき
そのうえさらに
身近な人間の暴力に傷つき
赤の他人の振舞いに傷つき
学校や職場で
こころない知人の言葉に傷つき
家庭や実家で
すれ違う肉親との壁に傷つき
なんてことだろう、
わたしたちは傷だらけです。
もしも
日常と呼ばれるこの世界で
ひとのこころが負った傷が
目に見える身体の傷であるようならば
道行くひとは誰もがみな
頭や腹から血を流し
手足のもげた胴体で這いつくばり
はらわたを引きずって
涼しい顔をして歩いているのでしょう。
こんなに恐ろしいことはありません。
死の恐怖を隔離しながら
みな血まみれで
互いを手当てすることなく
薄っぺらい微笑みで
こんにちは
ごきげんよう
挨拶さえ交わすのです。
となりの若旦那が嫁に殺しを働いたそうだ
許せませんな
三丁目の悪ガキが四丁目の子をいじめたそうだ
許せませんな
脳天に風穴のあいたひとが
腹を割かれて血だらけのひとと
そんな立ち話をしています。
みんな深い傷つきの話をしながら
自分の深傷には気づいていない。
もしもそんな血だらけの
わたしたち全員が
いっぺんにそのことに気づいたら
どうなってしまうのでしょう。
ひとはどんなとき深く傷つくのか。
わたしがほんとうに恐れているのは
身体やこころを傷つける刃より
ありのままの姿に気づく
気づきの刃であるのかもしれません。
幼かったあのころ
死を知ってなお気づきの刃を
やわらかく包みこみ受け止めた
純真なこころを
どうにかして
思い出したいものです。
ひとはどんなとき深く傷つくのか。
ヒトの個体としての身体と
そこを根城に息づく精神を
とりあえず「ひと」だと仮定して
しばし自由に思いを巡らせてみると
わたしたちは生まれ落ちた瞬間から
成長や老化という言葉に紛れて
無数の傷を無自覚にその身体に
刻み込んできたことに気づきます。
予め備えられた豊かな治癒力が
酸化した肉体を中和したり
切れた神経を修復しながら
ヒトとしての個体を保つ傍らで
肉体に宿る精神もまた
目に見えない細やかな傷痕を
新たにこしらえたり癒したり
しているのです。
わたしたちはただ生きているだけで
数えきれない傷を負うよう定められた
地上の有機体の生物です。
かたちあるものみな壊れるように
肉体はいつか必ず滅び
無駄なく後世に役立つように
腐って分解することのできる
生身の身体で生きていて
いつか壊れるものである以上
その未来を憂いてこころを痛めるのは
ほんとうに自然なことだと思います。
これ以上ひとを深く傷つける
気づきはないと思います。
わたしたちは誰もがみんな
幼い子どものころ
初めて死の存在を知ったときの
大きな驚きと深い傷つきを
必ず経験しているのです。
けれども
わたしたちは
そんな壮大な哀しみを
すでに抱えておきながら
それはそれ
非日常の世界のことと
こころの隅っこに押しやって
極端な傷ばかりに目を向けます。
いまや日常は
油断すると致命傷を負わされる
危険な刃に満ちているので
無理からぬことと思います。
人間がよかれと思って
つくり出してきた多くのものの
弊害や副作用に知らぬ間に傷つき
人間がよかれと思って
つくり出してきた社会の仕組みの
矛盾や不平等に知らぬ間に傷つき
そのうえさらに
身近な人間の暴力に傷つき
赤の他人の振舞いに傷つき
学校や職場で
こころない知人の言葉に傷つき
家庭や実家で
すれ違う肉親との壁に傷つき
なんてことだろう、
わたしたちは傷だらけです。
もしも
日常と呼ばれるこの世界で
ひとのこころが負った傷が
目に見える身体の傷であるようならば
道行くひとは誰もがみな
頭や腹から血を流し
手足のもげた胴体で這いつくばり
はらわたを引きずって
涼しい顔をして歩いているのでしょう。
こんなに恐ろしいことはありません。
死の恐怖を隔離しながら
みな血まみれで
互いを手当てすることなく
薄っぺらい微笑みで
こんにちは
ごきげんよう
挨拶さえ交わすのです。
となりの若旦那が嫁に殺しを働いたそうだ
許せませんな
三丁目の悪ガキが四丁目の子をいじめたそうだ
許せませんな
脳天に風穴のあいたひとが
腹を割かれて血だらけのひとと
そんな立ち話をしています。
みんな深い傷つきの話をしながら
自分の深傷には気づいていない。
もしもそんな血だらけの
わたしたち全員が
いっぺんにそのことに気づいたら
どうなってしまうのでしょう。
ひとはどんなとき深く傷つくのか。
わたしがほんとうに恐れているのは
身体やこころを傷つける刃より
ありのままの姿に気づく
気づきの刃であるのかもしれません。
幼かったあのころ
死を知ってなお気づきの刃を
やわらかく包みこみ受け止めた
純真なこころを
どうにかして
思い出したいものです。

