【テーマ・しゃかい】


ふだんあまりテレビを見ないのですが
子どもたちの好みに合わせて
バラエティ番組を見るときがあります。

最近ときどき、いえ、わりと頻繁に
マジックの種明かしをしてくれる
番組を見かけます。

なんだか不思議なのです。


種を明かしても問題にならない
マジック界の掟を破らないような
そういうものを公開、放映しているのだと思いますが
そういうことでなくても
手品のたねを堂々と明かして
みんなで共有することに
どんな意味があるのでしょう。

きっとそこには図らずも
大きな意味があるのでしょう。


どこか知ってはいけないものを
知ってしまうような罪悪感だったり

なるほどと頷きながら
思わず膝を打つような感慨であったり

なんだそんなことだったのかという
残念な落胆であったり

あらためてマジシャンの
卓越した技術に対する驚嘆であったり

そこに生まれるものは
見るひとそれぞれ
さまざまであるのでしょうが

わたしは明かされるたねを観ながら
小中学生のころ教室で行った
テストの答え会わせの風景を
なんとなく思い出していました。

自分の何が間違っていたのか
どこでどう誘導されたのか
なにをどう錯覚したのか
どんな思い込みや勘違いをしたのか
なにを知っていて
なにを知らなかったのか

それをみんなで
答えを合わせながら
確認をする作業です。


マジックに関しては
目の前で起きた不思議な出来事が
どんな仕掛けで不思議に見えたのか
教えてもらいながら

どこでどう誘導されたり
なにをどう錯覚させられたり
言葉は悪いですが
どこで騙されたのかを

みんなで確認することになりますね。



マジックの種明かしなんて
ほんとうは犯してはならない
究極のタブーなんでしょうに

みんな知りたいのですね。

不可思議現象には
理由や仕掛けのあることを。

手品にたねがあることなんて
当たり前のことなのに

秘密のままただ不思議がるのが
どうにも我慢できなくて
気になって気になって
でも乱暴に得意気に暴くのはいけないから

みんなで一緒に確認するのが
きっと一番安全なんでしょうね。

世界中には
手品と超能力や呪術との区別も
曖昧なまま盲信するひとも
たくさんいるでしょうに

説明のつかない不思議なことを
そのままの感覚では背負いきれないから

知りたいのですね。
そのトリックを。


たねがわかったからと言って
賢くなるわけでもなければ
ましてマジシャンのように
同じことができるわけでもないのに

時間がたてば忘れてしまうのに

「なんで?どうして?」に対する
答えが欲しいのですよね。

そして自分ひとりが
秘密を知るのは重すぎるので
みんなで一緒に確認したいのですね。



大がかりなイリュージョンの
たねを明かすその瞬間
娘が申しておりました。

「えっ
それもばらしちゃうの?」


世の中には
あえて説明する必要のないことも
たくさんあるということは

子どものほうが
よく知っているように思いました。

わたしは錯覚に酔わされますが
子どもは錯覚を楽しめる。

錯覚もまた
人間の正しい感覚であることを

また子どもに教えてもらいました。



たねあかし。
わたしはあんまり
知りたくないな。















【テーマ・どうとく】


悩んだり迷ったりすることが
いけないことだなんて
誰にも言われたことはない。

なのにいつのころからか
悩み迷うことをためらって
小さくなって暮らしていた。



正しい道は存在するが
間違った道は存在しない。

道を間違うことはあるが
正しい道を知るわけではない。

王道を定めれば
邪道も生まれる。


でもほんとうは
迷うほどには道はない。

なぜならどんなに迷おうとも
辿った道は一本道。

あとにもさきにも
歩むことができるのは

ひとりのひとに
ただ一本きりなのだから。