【テーマ・さんすう】


ずいぶんと前のことですが
気まぐれでお香を買いました。

六種類の香りがセットになっていて
ときどき焚いておりました。

ある程度部屋がきれいに
片付いたときにだけ
炊くようにしています。

最近は少しずつ
焚ける機会も増えてきました。


もっとも気に入ったのは
サンダルウッドのお香でした。

いい香りだなぁ
と思っていました。

これをわたしの点Aとします。





むかし子どものころ
祖母か誰かが
頂き物のお線香を仏壇で焚きながら

これは高級なお線香だ

と言ったような言わないような
あいまいな記憶が残っています。

その後どこかで
高級な仏具に白檀という香木が
使われるのだと知りました。

これをわたしの点Bとします。





わたしは日本人であり
仏閣の前で否応なしに
なにかを感じる性質を
先祖累代脈々と受け継いでいます。

それはわたしの表面が
どんなに西洋のものにかぶれようと
どんなにグレて無神論を豪語しようと

意識の触手の届かない
根底に脈打つ血の流れがもたらす
逃れられない安寧でした。

これをわたしの点Cとします。





おのおのの点だけでは
ただ点の意味しかもたなかった
点A、点B、点Cが

サンダルウッドが白檀だと
知ったとき

線分AB、線分BC、線分CAとなり

白檀の香りを知っていたと
気がついたとき

すべての点を結ぶ
△ABCとなりました。





こんな些細なことですが

生活のなかで得られたひとつの点が
生活の継続によって得られる他の点と
ある日突然つながると

いきなり次元を飛び越えて
別のものに生まれ変わるのだなぁと

懐かしい香りに煙られながら
ほんのひととき
うっとりしたのでした。

うっかり屋のわたしでも
こんな風にうっとりできる。

どんなひとの人生も
時に刻まれた点の集合ならば

美しくないはずがない

ほんとうに
そう思いました。









【テーマ・こくご】


わたしはいま
三面鏡の前にいる

正面に
わたしを見つめ返す
もうひとりのわたしがいる

正面の
わたしの右側に
もうひとりのわたしがいる

彼らはこっちのわたしに
憎しみと怒りをぶちまける

正面の
わたしの左側に
もうひとりのわたしがいる

彼らはそっちのわたしに
欲情と憐れみを投げかける

彼らの瞳に映るのは
わたしの知らない
わたしの横顔

三人のわたしが映るのは
わたしのなかの水晶体

けれどそれは鏡の映し出す
三人三様のわたしたち

わたしはいま
三面鏡の前にいる

そう思い込んではいるけれど

映像ではない
ほんとうのわたしとは

いったいどこに
いるのだろう









【テーマ・さんすう】


かつて分数から与えられた
衝撃を未だに忘れられません。

それは問題を解くという行為が
それ自体で既に答えであることを
もっとも端的に教えてくれた
ほんの刹那の気づきでした。





スタジオジブリの
「おもひでぽろぽろ」という作品のなかで
子供時代の主人公が
分数の割り算に悩む場面があります。

「ひっくり返して掛ければいいのよ!」
と言うお姉さんのアドバイスに
なかなか納得できない主人公が
りんごの絵を描きながら
悶々と悩んでいるのです。

それがなんとも
自分の経験に重なり印象的で
ときどき娘の宿題をみているときなどに
ふと思い出したりしていました。

娘はまだ学校では
分数の掛け算も割り算も
教わっていないようですが

先日ふとしたきっかけで
娘と分数の話になりました。

「分数はそれだけで
割り算の答えなんだよ。」

円いケーキを五人で分けるとき
ひとり分のケーキは何個かな。

絵に描くとよくわかるね。
この扇形のケーキは
全体を1とすると
5分の1個になるね。

式で表すとどうなるかな。

1÷5=□

って書くよね。

答えは





って書くよね。

それでね。

分子と分母の間のこの線ね。
これ「割る」って意味なんだよね。

1 ←いち

― ←わる

5 ←ご

これ答えだよね。



式なのに答えなんだよね。






言葉に出して言ってしまうと
あんまり当たり前のこと過ぎて
わたしはなんだか
間抜けな感じがしていました。

けれどもやはり
娘も少し驚いた様子で
わたしは少し嬉しくなりました。

未知と思って求めようとした答えが
既に問いのなかにあることを
発見したときの衝撃は

信じた常識が覆されるときの
あの衝撃にも少し似ていて

日常をほんの少しだけ
真新しい世界に更新してくれるのです。

わたし自身
学校の数学は嫌いでしたが

でも数の世界は美しいと思います。

そこには言語の限界を超えた
人生のヒントさえ
秘められているように
いまは感じているのです。

悶々と言葉で悩めば悩むほど
言語を超えたヒントに出会った衝撃は
忘れられないものになるようです。

そして
分数の割り算に悩んだ経験は
決して無駄ではなかったと

こころから思えたりも
するのです。