【テーマ・おんがく】


子どものころ教わっていた
ピアノの先生を再び訪ねて
練習を再開してから
二年以上が過ぎました。

あまりの指の衰えに
早いパッセージや
激しいスタッカートの連続する曲は
もう弾けないのではないかと
思っていました。

けれども

ベートーヴェンのピアノソナタ
第19番の第二楽章のロンドが

おもしろくてたまりません。

子どものころ使っていた
ソナチネアルバムのなかに
収まっていた曲ですが
弾いたことがなかったので
夏の終わりごろから
練習をしています。

まだまだヒドイものですが
こんなに練習にのめり込んだのは

子どものころには
経験がありませんでした。

子どものころは
練習は常に苦しかった。

あのころは
音楽をやっていても
音楽を楽しめては
いなかったのかもしれない。



今日は今年最後のレッスンでした。

「この曲すごく面白い」と
先生に話してみたら

「なにかを表現したくてしょうがないんだね。」
と言われました。




びっくりしたけれど
嬉しかった。

伝わっている。
そんな気がしました。


やっぱり
おんがくってすごいです。





【テーマ・かていか】


行事はそれなりに好きですが
行事の準備をするのがより好きです。

たとえば子どもの誕生日なら
当日のメニューを考えたり
ケーキのデコレーションや
プレゼントを考えるのが好きです。

年賀状をつくるのも好きです。
昨年から年賀状は
パソコンを使うのを一切やめました。

投函の瞬間はものすごく
出すのをためらいますし
相手に届くことを思うと
とてもいたたまれなくなりますが

少なくとも書いているときは
とてもしあわせです。

クリスマスツリーや
おひなさまを飾るのも好きです。

クリスマスや雛祭り当日より
その日を迎えるまでの月日が好きです。






材料費がけっこうかかるので
今年はつくるのをよそうかと
思っていました。

シュトーレン。

でも子どもたちが
楽しみにしていてくれたので
頑張って焼きました。

クリスマスが来るまでの日々を
毎日少しずつ削って食べながら
クリスマスを心待ちにする
西洋の文化だそうですが

そのこころもちには
西も東も違いはないように思います。

ただ

いまのわたしには
何かを心待ちにするこころもちは
こころなしか少し重い。

もういくつ寝るとお正月…
眠らねば遠ざかるというのなら
もう二度と眠りにつかずにおけるくらい

迫り来る年の瀬がこわい。
明けようとする新年がこわい。


こんなに気の重い
お正月準備はたぶん
生まれて初めてです。

理由はいろいろ
こころあたりがあるけれど

いまはその理由を云々するより
気を引き締めて準備を整える
心待ちするこころもちの
こころいきが大切だと思っています。


だから

もういくつ寝ると…
指折りかぞえて
しっかり眠ります。





【テーマ・ほけんたいいく】


ここのところ毎晩
わかりやすい夢ばかりで
夢をみるのが
少しばかり苦しいのです。

夢と現実を簡単に符合させるのは
危険な早とちりにつながり
悩みや迷いをより軽く浅く
扱いやすい範疇に留めてしまい

悩みや迷いを本質から遠ざけてしまうので
あまり良いことではないと思っています。

けれども
これでもかというくらい
切ない現実的な夢が続きます。

それはここでこうして
書かずにおけぬほど。


みる夢の舞台や登場人物が
現実に近ければ近いほど
みる夢のシナリオが
現実に近ければ近いほど

それは悪夢に近くなります。

現実を把握しジャッジしている意識が
夢を現実と誤認して
堂々と審判しようとするからです。

悪夢はその夢をみている間に
悪夢とわかるわけではありません。

目覚めてそのあと
その夢とその夢でないものを
比べたり区別したりするから
それが悪夢とされるのです。

現実ばなれしたとっぴな夢より
現実味を帯びた夢の方が
意識の緻密な解釈を可能にするから

より現実に強い影響を及ぼしてしまい
よってそれが悪夢となるのです。

世界がすべて夢であるなら
悪夢など存在しません。

現実に持ち帰り検証する場があるから
そしてそこに対比させたり参照する事情があるから
悪夢と呼ばれるだけのことです。

つまり

それを悪夢にしているのは
むしろ現実の方であるわけです。



それであれば
恐れるべきは夢ではなく
現実の方であるべきで

憂うべきは夢ではなく
現実の方であるべきで

手を打つべきは夢ではなく
現実の方であるべきです。

それなのにわたしは
寝苦しい夜と淡い現実の影を
疎ましく思うばかりで

現実の方に向き合おうとしない。

なぜなら

現実に悩み迷うことよりも
悪夢に苛まれ苦しむほうが
はるかにたやすくラクだから。

悩める自分を夢見るように
実体を離れて悩みを眺めるだけのほうが
はるかに容易くラクだから。

悪夢をみたと青ざめるほうが
現実を受けとめるより
はるかに容易くラクだから。



その夢を悪夢にしているのは
現実に目覚めているわたしだ。

夢を反芻して涙がこぼれるのは
みた夢のせいじゃない。
目覚めているわたしのせいだ。


だから

明日こそは
小癪な意識を眠らせたまま
その夢をその夢のまま反芻し

もう悪夢とは言わせまい

そう毎晩誓うのです。


だってその夢は
かつて文字どおり夢にまでみた
大切なひとたちの

しあわせの姿だったから。