【テーマ・おんがく】


ベートーヴェンに興味をもち

いえ、
正しくはベートーヴェンに惹かれていたのに
気づかないふりをしていた自分に
勇気を出して気がついたのですから

興味なんて言葉は失礼ですが

好きだと気づいた以上
彼についてたくさんのことを
知りたいと思うのは
自然なことだと思います。


彼の生い立ち
彼の家族
彼の生きた時代。

彼を苦しめていたのは
難聴だと思っていたわたしは
少々あさはかでした。

「やはり彼も
きっとそうだった。」

わたしたち後世が
彼の遺した音楽に
惹き付けられるのは

人類としての
普遍的法則があるからだと
勝手に納得してしまいます。

人間の遺伝子は
苦境を乗り越え苦悩を昇華するように
あらかじめ設計されていて

みんなそれとは知らないうちに
先人の遺した足跡に
苦しみの克服に必要なヒントを

みずから見出だしているものですね。

美しいものに感動するのは
そのせいだと思います。


彼の人生の足跡を見つけ
その人生の詳しくを知ってなお
多くの名ピアニストが彼に惹かれ
また多くの名演を遺し

それがまた新たな
彼らの足跡になり

聴衆のひとりであるわたしは
その足跡のうえをさらに
踏みしめて自分の足跡に重ねるわけです。



200年も前を生きたひとに
まるで恋でもしているかのような気分で

たかだか数十年のわたしの人生が
永遠にでもなったかのような気持ちで

時代をつないでくれた多くの人々が
応援してくれているような感じで

うまく言葉であらわせないのが
残念でなりませんが

ベートーヴェンのこと
もっと知って
また書いていきたいと思います。









【テーマ・ほけんたいいく】


「銀色の恐竜がこわくて泣いた。」


わたしはいまの息子の歳の自分を
うまく思い出すことができません。

ましてそのころの自分の持つ
一番古い記憶など
思い出しようもありません。

けれどもいまの自分がある以上
足元から眼下に深く伸びる階段のように
堆積した記憶が必ずあるはずで

たとえば二十歳のときには
十五歳の記憶が

たとえば十歳のときには
五歳の記憶が

たとえ三歳のときでも
その三日前の記憶が

つまり一歳のときでも
零歳十一ヶ月の記憶が

ずっと続いているわけです。




「一番から一億番までで
ママの好きな数字を選んで!」

そう言って息子は
まるでポケットから
あめ玉でも取り出すかのように

彼がナンバリングしたという
彼の記憶を披露してくれました。

一番古い記憶は
銀色の恐竜がこわくて
泣いたことだと言います。

おそらく息子が
一歳のころのことです。

おもちゃの恐竜に驚き
恐怖で泣いたそのことを
彼は鮮明に覚えていて

自分のなかの一番古い記憶であると
特別なくくりを設けて
大切にしているのです。


「そのときのこと
ママも覚えているよ。」

わたしの相づちに
彼は続けます。

「じゃあ一億番目の記憶は
なんだと思う?」

彼はポケットの裏地を引っ張り出して
いたずらな笑顔で言いました。

「一億番目はこれからの記憶だから
まだないんだよ!」


吸い込まれてしまいそうな
長い長い階段の続きが
わたしの頭上はるか
天高く伸び続けていることに

わたしはようやく気づきました。