【テーマ・かていか】


いまや生活必需品の洗濯機ですが
大切な衣類や繊細な衣類ほど
機械に任せられないものです。

手洗いをしていて思うのは
気にかけているのがいつの間にか
衣類そのものよりも
浮き出た汚れの溶けた水になっていること。

こんなに汚れていたのか。
この汚れは水に溶けて
どこまで流れてゆくのだろう。


そしてふと思う。

こころが洗われる、とよく言うけれど
なんだか全自動洗濯機に放り込むように
こころをぞんざいに扱ってないだろうか。

洗剤入れてスイッチ入れたら
あとはきれいになって絞られた
こころが戻ってくるものだと
思っていやしないだろうか。

大切なものや繊細なものほど
手洗いをするほうがいいのに

こころの汚れが水に溶けて
真っ黒になって浮き出るのを
見届けるのがつらいから

浮き出た汚れがどこへ流れるか
見届けるのがつらいから

こころの洗濯も全自動に
お任せしていやしないだろうか。


手洗い
中性

こころの洗濯表示、
もしかしたら
そうなっているんじゃ
ないだろうか。

こころの洗濯をしたら
汚水はどこに流れるのだろうか。

流してよいところなど
この世にあるのだろうか。

だいたい

こころを
洗濯なんか
してよいのだろうか。



さらにふと思う。


汚れていることを知ることが
それだけで洗濯になるのでは。

もしそうならば
こころの洗濯には
洗剤もいらない
排水溝もいらない
まして
全自動洗濯機なんか

いらないのでは。



洗濯しながら
そんなことを
考えていました。
















【テーマ・どうとく】


型に嵌まった生き方はいやだとか
敷かれたレールを辿るのはいやだとか

ずいぶんと大口をたたいてきた。

どんな形の型なのかも知らず
どこへ向かう線路なのかも知らず

ただこの身を縛ろうとする
見えない力に抗うだけで

見えるものさえ見ずに過ごした。


ものごとの道理を型だと言い張り
自然の成りゆきを歪めてとらえて

美しいものから目を背けて過ごした。


五七五のしなやかな抑揚
ハ短調からホ長調への華麗なる移調
起承転結のドラマチックな展開
数列の摩訶不思議な規則性

その美しいかたちの前に

わたしはあまりにも無味乾燥だから。


型破りというのは
型の美しさを満喫したひとが
ちょっとした出来心で
するのかも。

型の美しさにおののくひとが
自分の醜さの言い訳なんかで
破れるものではないのかも。



ただそこにあるだけで
美しいかたちというのは
破かれるさまもまた美しい。

わたしたちはどこまでも
道理と成りゆきにかたどられて
ひきたててもらって
いるのかも。








【テーマ・おんがく】



取り組む曲を選ぶというのは
子どものころにはなかったことです。

ピアノの先生は
基本的にどんな曲でも
好きな曲をやりなさいと
おっしゃってくれます。

これまでは子どものころに
一度弾いたことのあるものを中心に
弾いていました。

それは意識してそうしたというより
なんだか自動的にそうなっていたのです。

はじめはあまりに長いブランクと
すっかり萎えた両腕と感覚に怖じけ
未知の世界に踏み込む勇気が
湧かなかったからだと思っていました。

けれども

わたしは子どものころに
ピアノに関わるなにかにおいて
ある重大な忘れ物をしていて

もしかしたらそれを探すために
苦しかったあのころを思い出しながら
くたびれた教本を目をさらにして

一度通った同じみちを
辿ろうとしていたのかもしれないと
ふと、思い当たりました。

もしそうなのだとしても
いったい何を探していたのか

それが見つかったのかどうか

さっぱりわかりませんし
実は
あまり問題ではないのです。

問題はそこではなく
わたしがまだ弾いたことのない
曲に取り組もうとしている
そのことなのです。

忘れ物があるという気づきは
新しいものに目を向けたときはじめて
訪れるものであって

それは来た道を振り返ってはじめて
それがどんな道であったかを知るような
感じに似ていますが

来た道が登り坂であっても
来た道が下り坂であっても
いまいる場所が最も大切であることは
疑いようもないことです。





若いころは
畏れ多いとさえ感じていた
ベートーヴェンですが

いまのわたしにとって
彼は教科書のなかの偉人である前に
実際の世界を生きた人間として

その存在を感じることを
許してくれている気がします。


いまのわたしでは
技術的に挑戦可能な曲は
限られてはいるけれど

ソナタを弾くなら
全楽章を弾ききりたい。

第一楽章だけとか
第三楽章だけとかでは
だめなんです。

おそらくはひとつの楽曲に
まるまる一年はかかるでしょう。

だから選曲には
ものすごく悩むのです。


わたしに残された時間は
あとどれくらいあるのだろう。

生きているあいだに
どこまでいけるのだろう。

選ぶということは
いのちに限りがあることを知ってから
真に行われるべき神聖な儀式ですね。

いつまでも生きていられるような
幻想に溺れているうちは
荷が重すぎるのです。

だから闇雲に迷い
選んだみちを後悔して
未来をおろそかにしてしまう。



おおいに迷って
悩んだ結果選んだのは
5番でした。

どの楽章もどの旋律も
うっとりする美しさです。

第三楽章には有名な「運命」の
動機がひょっこり現れます。

今年中には第三楽章まで
辿り着けないかもしれませんが
楽しみにしています。


弾ける曲は限られているけれど
わたしのみみは幸い聴こえる。

一秒でもたくさん
彼の音楽を聴いて
イメージを膨らませながら

選んだ責任を果たしたいと思います。