【テーマ・ほけんたいいく】



ひらめきや気づきほど
儚くて繊細なものは
この世にほかにないと思います。

ちょっとだけ真剣に考えてみたのですが
集中力に欠けうつろい易いわたしは
平均すると3分に一回くらいは
何かを思いついて都度忘れています。

そしてしばらく経ってから
こころに浮かび上がって沈んだ感情や
脳裏をよぎって流れ去った情景や
我ながら胸を打って通り過ぎた言葉を

思い出せないことに落胆したりします。


失ったものほど惜しいもので
一日のうちの何時間かは
自分が捕まえておかなかったそれらを
なんとか取り戻すことに費やして
いるようにさえ思ったりします。

効果的に思い出させてくれるのは
眠っている時に見る夢です。

一度取りこぼした感情や情景は
いったんわたしから離れて旅をするうちに
その姿やかたちを別のものに変えて
もう一度わたしのところへ戻ってきます。

交感神経バリバリの活動中には
とうてい浸ることのできなかった
まろやかな感情や美しい情景が
睡眠中の無防備なこころに
いくらでも広がっていきます。

あのとき湧きあがった感情でもなく
あのとき脳裏をよぎった情景でもなく
あのとき胸を打った言葉でも
なくなってしまっていますが

覚醒後に夢を反芻することで
失ったものを取り戻したかのような
安心と充足感を得ることができます。



それでもそれだけでは満足できない
それが悲しい人間の性なのかもしれません。

あからさまに他人事なら
来るものを拒まず去るものを追わないのは
わりと簡単です。

けれども自分が自分のこころで
感じたことや思ったことを
まばたきする度に忘れていくのは

もうひとりの自分を失うように怖くて
自分自身を失うように不安なものです。

追いすがってでもしがみつきたい
力ずくでも抱き締めていたい
人間の欲望とは恐ろしいものです。

他者に対する欲望ももとを糺せば
すべて自分自身への執着なのかもしれません。

自分にしか見られなくて
自分だけのものであるはずの夢でさえ
捕まえておけなくて追いすがる。

もともと自分のものであることを忘れ
まるで他人に奪われたかのような感覚で
忘却を恐れて執着するのですから

忘却を恐れている自分が
既に自分を忘却していることに
わたしは都度気づかねばならないわけです。

これは本当に忘れるということよりも
実はしんどいことだと思います。



このように
一瞬でどこかに行ってしまう
ひらめきや気づき、思いつきは
巡りめぐってわたしのところへ
戻ってくることは明らかなのですが

交感神経バリバリで活動しているときに
思い出せないことに苦しむのは
やはり辛いことではあります。

そのとき気がついたときの姿のままで
できることなら覚えておきたい
そういうこともたくさんあります。


わたしができそうな方法は
なりふり構わずメモに書くことです。

言うほど実践できてはおりませんが
とにかく書き留めることを心掛けています。

単語だったり
変な文節で終わる文章だったり
ヘタクソな絵だったりもします。

アインシュタインやエジソンみたいな
天才が残すメモとは意味が違いますから
あんまり役に立たない気がしますが

それは間違いで

書いた時点でメモのお役は
もう御免になっているという
そういう類いの覚え書きです。

失ってもいないのに
失ったと勘違いし
醜く執着するのをやめるための

そういう覚え書きです。



だから

夢を思い出して書いておくのも
面白いですね。

何年かしたら
どんな才能溢れる小説家の作品よりも
素晴らしい物語になっているかもしれません。

もちろん、
自分にとってだけですけどね。
ほかの誰にも見えないし
理解なんかされません。

でも執着から解き放たれていれば
きっとそれでいいのだと思います。


















【テーマ・おんがく】



就学前の子どものころです。

はじめてのピアノの発表会で
初めてグランドピアノを弾きました。

あの曲をもう一度
弾いてみたくなりました。




当時はまだ自宅にピアノがなく
親戚から譲ってもらった
古いオルガンで練習していました。

通っていたのはヤマハ音楽教室で
レッスンはエレクトーンでした。

何気なくピアノは3歳から弾いていたと
勝手に思い込んでいましたが
正確にはエレクトーンだったのです。

初めての発表会のときに
ピアノで弾くか
エレクトーンで弾くかを
選ばせてくれたんだそうです。

わたしはピアノが弾きたかったんですね。


教室で多少は先生用のピアノを
弾かせてもらって練習をみてもらう
機会がなかったわけでは
ないのでしょうけど

家にもピアノはないというのに
頑なにピアノにこだわるわたしは
両親をいたたまれない気持ちに
させたのかもしれません。

しかも渡された曲は
実力よりも難易度が少々高いと
先生から伝えられていたそうで

オルガンとエレクトーンで練習しても
本番でピアノの鍵盤の重さに
対応できるか母は心配をしたそうです。

人付き合いの苦手な母が
きっと勇気を振り絞ってくれたのでしょう。
ご近所に住んでいた同じ年頃の子の
お母様がピアノ教室の先生だったので
発表会の曲だけをみてくれるよう
母が頼んでくれたのでした。

だからわたしは
あまり記憶には残っていませんが
通っていた音楽教室以外の場所で
他の先生の手ほどきを受けたのです。

当然ピアノで練習をさせてもらった
ということだったのでしょうね。

おかげでわたしは
本番もグランドピアノの迫力と
鍵盤の重さに臆することなく
演奏に挑めたのではないかと思います。

残念ながらよく覚えてないのです。

記憶に残っているのは
かの曲のすてきなメロディと

他人の書き込みの入った
楽譜をみたときの
ヤマハの先生のガッカリした顔。

「ほかの先生に習ったんですか」と
言われて母は狼狽えたそうです。

ヤマハの先生には悪いことをしたと
その後何年にも渡って母は言っていました。



その発表会のあと
わたしはヤマハをやめて
ご近所のその先生に習うことになりました。

定期的にピアノに触れることが
できるようになり
しばらくして両親にピアノを買ってもらい

エレクトーンを弾いていたことも
ヤマハの先生の顔も
すっかり忘れてしまいました。

けれども

ブルグミュラーの25番を終える頃まで
習っていたはずの
ご近所のお友達のお母様のことも
ほとんど覚えてないのです。

赤色鉛筆の印だけが
教本に残っているだけです。





初めて発表会で弾いた曲。

短い小品でしたが
すてきな曲でした。

でももう楽譜もありません。

たぶん大好きだったであろう先生を
ガッカリさせてしまったあの楽譜。

題名も作者もわからないけれど
わたしの指は覚えていました。



ところどころ
忘れたところを思い出しながら
記憶をつむぎ音をつなげ

やっと通して弾けたとき

少しだけ涙がこぼれそうになりました。