【テーマ・ずこう】
母子3人でいろんな話をします。
会話の8割が
わたしのお小言と
それに対する子どもの反発
残りの2割は
ゆるゆるした何気ない話
その2割のうちの
ほんのわずかな割合で
自然に現れるふとした言葉に
会話の10割の雰囲気を
決定付けるパワーを感じます。
小言と反発でよどんだ空気を
瞬く間にキラキラに変化させる
不思議な力がその言葉に
秘められています。
子どもが思春期を迎え
これまでのようには
いかなくなりつつある
親子間の雰囲気を
ふわりと優しさで
包み込んでくれる
ほんの刹那の魔法です。
意図して起こすことは
きっと出来ないのだと思いますが
かすかな魔法の予感を逃さないよう
離れていこうとする
我が子たちの姿を
注意深く観察することを
心がけています。
そうすると
ふとしたときに
大事な何かをを忘れつつあったことに
気づいて多いに驚き
きっとこれからも
この子たちの母親はわたしで
わたしの子どもはこの子たちなのだと
どんなことが起きても
絶対にそうなのだと
深く信じ直すことができます。
それ以外考えられないのだと
真に気づかされる瞬間でもあります。
今回の話題は、色。
わたしと子どもの
お互いがお互いの
イメージカラーを言い合って
身近な、じぃじやばぁばの
イメージカラーを言い合って
その違いにびっくりしたり
妙に納得したりしました。
色というのは不思議なもので
その色が象徴するものは
個人でだいぶ違っています。
寒色系、暖色系で
大きく意味分けされている気もしますが
水色の人がいつも
寒々しいとは言えないし
赤い人がいつも
ぽかぽか暖かいとも言えません。
ひとを色で表そうとすると
それはとても難しく勇気のいることで
最初は赤かなピンクかな、と思っても
いや、違うなちょっと灰色の気配もあるな
でも、どちらかと言えば深い色合いだな
など
想像のなかで様々なな色彩が
浮かんでは消え
現れては溶け合い
もうそれを何色と言ったらいいのか
持てる知識では表せなくなってしまう。
想像が、知識と経験を超える瞬間
わたしは子どもたちと
まったく同じ円のなかに入ります。
そこでは母も子もなく
お互いがまったく等しくて
さらに円周に守られた
とても安全な空間です。
そのなかで子どもたちは
持てる表現力を駆使して
いろんなことを話します。
あなたは瑠璃色
きみは虹色
時と場合で変色するカメレオン色
などなど。
青紫だけど群青ほど濃くなくて
ラベンダー色のような感じ
あ、でも瑠璃色かも?
それが娘にとっての
わたしの色だそうです。
わたしの色は決められるのに
弟の色は最後まで決めかねて
虹色ということになりました。
でも笑っているときは
オレンジなんだそうです。
わたしにとって息子の色は
深い深いみどりいろ…
のような気がします。
娘は淡いももいろかな…
でも明日になれば
また別の色に変わっていくことでしょう。
子どもたちを見ているわたし自身の色が
明日になれば明日の色に
変化しているのでしょうから。
今日この日のその色をどうにかして
描いておきたい。
わたしたちを取り囲んだ
その円を描いておきたい。
わたしたちに起きた魔法を
描いておきたいのです。
これがわたしの
図工の勉強です。
母子3人でいろんな話をします。
会話の8割が
わたしのお小言と
それに対する子どもの反発
残りの2割は
ゆるゆるした何気ない話
その2割のうちの
ほんのわずかな割合で
自然に現れるふとした言葉に
会話の10割の雰囲気を
決定付けるパワーを感じます。
小言と反発でよどんだ空気を
瞬く間にキラキラに変化させる
不思議な力がその言葉に
秘められています。
子どもが思春期を迎え
これまでのようには
いかなくなりつつある
親子間の雰囲気を
ふわりと優しさで
包み込んでくれる
ほんの刹那の魔法です。
意図して起こすことは
きっと出来ないのだと思いますが
かすかな魔法の予感を逃さないよう
離れていこうとする
我が子たちの姿を
注意深く観察することを
心がけています。
そうすると
ふとしたときに
大事な何かをを忘れつつあったことに
気づいて多いに驚き
きっとこれからも
この子たちの母親はわたしで
わたしの子どもはこの子たちなのだと
どんなことが起きても
絶対にそうなのだと
深く信じ直すことができます。
それ以外考えられないのだと
真に気づかされる瞬間でもあります。
今回の話題は、色。
わたしと子どもの
お互いがお互いの
イメージカラーを言い合って
身近な、じぃじやばぁばの
イメージカラーを言い合って
その違いにびっくりしたり
妙に納得したりしました。
色というのは不思議なもので
その色が象徴するものは
個人でだいぶ違っています。
寒色系、暖色系で
大きく意味分けされている気もしますが
水色の人がいつも
寒々しいとは言えないし
赤い人がいつも
ぽかぽか暖かいとも言えません。
ひとを色で表そうとすると
それはとても難しく勇気のいることで
最初は赤かなピンクかな、と思っても
いや、違うなちょっと灰色の気配もあるな
でも、どちらかと言えば深い色合いだな
など
想像のなかで様々なな色彩が
浮かんでは消え
現れては溶け合い
もうそれを何色と言ったらいいのか
持てる知識では表せなくなってしまう。
想像が、知識と経験を超える瞬間
わたしは子どもたちと
まったく同じ円のなかに入ります。
そこでは母も子もなく
お互いがまったく等しくて
さらに円周に守られた
とても安全な空間です。
そのなかで子どもたちは
持てる表現力を駆使して
いろんなことを話します。
あなたは瑠璃色
きみは虹色
時と場合で変色するカメレオン色
などなど。
青紫だけど群青ほど濃くなくて
ラベンダー色のような感じ
あ、でも瑠璃色かも?
それが娘にとっての
わたしの色だそうです。
わたしの色は決められるのに
弟の色は最後まで決めかねて
虹色ということになりました。
でも笑っているときは
オレンジなんだそうです。
わたしにとって息子の色は
深い深いみどりいろ…
のような気がします。
娘は淡いももいろかな…
でも明日になれば
また別の色に変わっていくことでしょう。
子どもたちを見ているわたし自身の色が
明日になれば明日の色に
変化しているのでしょうから。
今日この日のその色をどうにかして
描いておきたい。
わたしたちを取り囲んだ
その円を描いておきたい。
わたしたちに起きた魔法を
描いておきたいのです。
これがわたしの
図工の勉強です。