【テーマ・さんすう】


どんなに話し合っても
どんなに仲良くなろうとしても

お互いがなかなか近づけず
平行線を辿っているような

そういう関係は苦しいです。


どんなに憧れても
どんなに努力をしても

まるで自分自身が
別世界を生きているような

そういう感覚は苦しいです。



目をつぶって
永遠に続く2本の平行線を
思い浮かべてみます。

もしかすると
目を開けていても
みてえくるかもしれませんね。

次に
永遠に交わることのない
2つの関係に
別の直線を一本描きます。

もともとの平行線と
完全に平行にならないような線なら
どんな直線でもかまいません。

完全な平行線を引くほうが
よっぽど難しいのですから
簡単なことです。

絶対に交わらない
2つの関係を
ひとつの線が貫きます。

何もかもが平行線で
なにひとつ共有できないと
嘆いていた関係に

等しいものが生まれます。

同位角と錯角です。




あなたとわたしは平行線。

どこまでいっても出逢えない。

けれども
世界のどこかで
あなたもわたしも

同じ太陽の光を浴びている。

わたしたちがこの光を浴びたとき
わたしとあなたの間には

ごらん、同じものが生まれてる。

世界のどこかで
あなたもわたしも

同じアリアを歌っている。

わたしたちがこの歌を歌うとき
わたしとあなたの間には

聴いて、同じものが生まれてる。


この喜びも悲しみも
等しい値で感じてる。







数学の宿題に苦しむ娘の脇で
そんな妄想に癒されてしまった
わたしを娘は許してくれるかな。






【テーマ・どうとく】


ここに不安の種があるとする。

どこから来たのかころんと一粒
無造作に転がっているのだ。



身に危険が及ぶことを
感じ取ったときに生まれたのだろうか。

思えばずいぶん
怖い目にもあった。

一歩間違えれば
死んでいたかもしれない。

そのとき生まれた種だろうか。


それとも
身を守ってくれるひとを
失いそうなときに生まれたのだろうか。

思えばいつも
誰かの庇護のもとにいた。

ひとりになっていたら
死んでいたかもしれない。

そのとき生まれた種だろうか。



それとも
見えない未来に懸けた希望が
叶わなかったときに生まれたのだろうか。

思えばやみくもに
なにかを盲信して生きてきた。

そうでもしなければ
死んでいたかもしれない。

だから生まれた種だろうか。



不安の種が生まれたわけを
知ろうとすればいくらでも
その理由を思いつく。

不安の種がそこにある
そのこともまた
種の生まれた理由でもあるのだ。

わたしが生まれた理由を
考えるときとよく似ている。

いくらでも思いつくが
どれひとつとして真実ではない。




不安の種がそこにある。

しかしまだ
誰もその種を植えてはいないのだ。

何が芽吹きどんな姿になるのか
まだ誰も知らないという不安に

ひとは

目の前に転がる種の姿に怯え
穴を掘って土をかけ
視界から消してしまう。

結果的に自らの手で
種を植えてしまうのだ。

やがて種は忘却の彼方で息を吹き
忘れられた記憶に根を張って

艶やかに咲いた姿を見よと

そのひとを執拗に追いかけてくるだろう。



いま目の前に
不安の種があるとする。

わたしは
不安の種が生まれたわけを
考えることはできても
知ることはできない。

しかし種は種。

それだけではなにも起こらない。

ここまでは動かぬ事実なのだから
それだけを見つめる勇気が必要だ。

不安に包まれたこころから
魔物を芽吹かせてしまうのは

うっかり種を植えてしまう
自分自身にほかならないのだから。
















【テーマ・かていか】


ずいぶん前になりますが
このブログで
祖母が作ってくれた
おさるのぬいぐるみのことを
書きました。

とうの昔に手離した
そのおさるさんたちに
先日再会することができました。

祖母が幼いわたしのために
作ってくれた一対のおさるさん。

わたしが大人になったから
大切なおばあちゃんの形見を
おばあちゃんの娘である伯母に
お返ししたのでした。

先日叔父がなくなって
ひとりになってしまった伯母の家に
月に数回お邪魔しているのですが

このあいだ
新調したソファの上に
ちょこんと座らされていました。

思わず手に取り
あまりの懐かしさと
変わらぬ手触りに
しばらくうっとりとして

伯母と思い出話に浸りました。

その話の中で教えていただいたのです。


祖母は自ら和服を仕立てられるくらい
和裁に秀でたひとでした。

冬用の和装コートを
手作りするため
伯母が買ってきた生地の

その余り巾から
彼らおさるさんのコンビは
生まれたのでした。

立派な生地は
誰かの衣服のリサイクルかと
思っていたのですが

祖母そのひとのコートでした。

詰め物は綿ではなく
手触りからいって
恐らくは木綿の布と思われました。


おばあちゃんの形見だよね

わたしがそう言うと

伯母は

いずれまた
わたしに受け継がれていくのだと
言ってくれました。


それはつまり

生まれてきた順番通りに
ひとが天に召されることを
前提とした約束なのだけれど

それをめでたいことだと言ったという
一休和尚の言葉がふと脳裏をよぎり

なんとも言えない
気持ちになりました。

祖母は存命中に
何人もの我が子に
逆縁の不幸をお見舞いされたひと。

だから
わたしは

生きねば。


おさるさんを抱きながら
そう思いました。